この世界の片隅に 太極旗。 『この世界の片隅に』韓国全土で公開へ 片渕監督「『知っていたつもりの戦争』に違和感を持ってほしい」

[B! この世界の片隅に] 『この世界の片隅に』の太極旗は「その後の朝鮮進駐軍の暴挙」を表してる!……のか?

この世界の片隅に 太極旗

映画『この世界の片隅に』評価は? 2更新 『この世界の片隅に』あらすじ概要。 戦争映画が苦手な人にも、ぜひ観てほしい作品です。 第ニ次世界大戦下の昭和19年、広島の呉に嫁いだすずは、ぼっーとしたドジっ娘だが工夫と成長しながら、家族に笑いをもたらします。 批評家と一般は単純平均 『この世界の片隅に』ネタバレあらすじ この先は ネタバレありのあらすじです。 他の映画はも参考にしてください。 広島市江波の海苔作りの浦野家には、長男の要一、次女のすみ、ぼぉ〜とした長女すず(声:のん)がいます。 すずは9歳の時、市内へ海苔を届けに1人で出かけるが、 大きな怪物のカゴに入れられ、そこで出会った男の子は、人さらいだと言いながらのんきな顔してます。 人さらいは夜になると大変だと言ったので、すずは海苔に月や星を描いてバケモノに見せると夜だと思い眠ります。 「 ありがとな。 浦野すず」と男の子は去ります。 その怪事件をすずは得意の絵に描いて、妹すみに説明するが「鬼いちゃん」こと兄には叱られます。 リン、水原哲、周作との出会いと結婚 (ネタバレあらすじ) 翌年の昭和10年8月、兄妹3人は大潮が引いた海を歩いて、親戚の家へスイカを届けに行く途中、転んで泥まみれになります。 スイカを食べて昼寝すると、天井から汚れた服の少女が降りて、スイカの食べ残しをかじります。 すずがスイカをあげようとすると、少女は消えました。 大人は 座敷わらしだと言います。 すずは座敷わらしのために着物を置いて帰り、また兄に叱られます。 昭和13年、鉛筆を失くしたすずは、おこづかいの日まで短い鉛筆を削って使います。 学校の図画の課題は得意ですぐ帰れたすずは、海辺で同級生の水原哲が、海軍の事故で死んだ兄のことで寂しそうなのを見つけます。 すずは海とウサギ型の白波を描いて渡します。 水原は「この絵を見ると海が嫌いになれんじゃろ」と言い、ほぼ新品の鉛筆と椿(つばき)の花をすずに渡して去ります。 7年後にわかりますが、水原は すずが描いたこの絵を提出し、広島の絵画大会で評判になり、気まずい思いをしたようです。 昭和18年、すずが18歳の時に縁談の話がきます。 嫌なら断ればいいと言われても、嫌かどうかもわからず、翌年には浦野家が広島の呉の北條家へ行き祝言をあげます。 すずは、嫁ぎ先の名字も住所も覚えておらず、みんなの前でもんぺを脱いだりと「ぼーっとしとるけぇ」の天然ぶりを披露します。 初夜では、傘のかけあい後、2人で干し柿を食べ、周作はすずに会ったことがあり、口元のほくろも覚えてると言いキスします。 出会いは人さらいのカゴの中ですが、すずは覚えてません。 すずは翌早朝から働き、配給当番もし、隣組の人らと焼夷弾の講習も受けます。 バランス崩して、おばさん達をジャッキー・チェンみたいに倒すドジもします。 すずと晴海と戦艦やまと (ネタバレあらすじ) 昭和19年3月、北條家の長女でモガ(モダンガール)の 径子が、嫁ぎ先とうまくいかず、娘の晴海と帰省します。 径子が、のんびりなすずにダメ出しして広島へ帰ればと言うと、すずも北條家の皆も里帰りと勘違いし、すずは久々に広島へ帰ってだらだらします。 すずは呉へ戻る日、広島をスケッチしてて汽車の切符を買えず浦野家へもどってあきれられ「ありゃあ」な顔します。 妹すみに10円ハゲ(円形脱毛症)を見つけられたすずは、北條家でも気落ちしてると広島が恋しいと誤解されます。 晴海は10円ハゲを知ると、墨をぬると言います。 すずが畑でおかず用の雑草を取ってると、周作が帰ってきて海軍船の説明をします。 呉の軍港で建造された「戦艦大和」が戻ってきた日でした。 2,700人以上の乗員と聞いたすずは「その人数の食事や洗濯は〜?」と驚きます。 5月、太平洋戦争の状況悪化で配給も減ります。 すずは野草をつんだり近所の人に聞いたりして、料理を工夫ます。 まな板を肩にかついでバイオリン弾きのように、切った野菜を鍋にいれます。 楠木正成直伝の楠公飯(なんこうめし)は米が水を吸いすぎて、家族に「うすい〜」と言われます。 6月、呉も空襲による火災が広がらないよう建物疎開という間引きがはじまります。 径子は夫を亡くし、店が建物疎開となり、嫁ぎ先の家族は下関へ行くため、離縁して呉の北條家へ晴海と戻りますが、息子は下関へ連れて行かれます。 7月、北條家も防空壕を作ります。 径子の店の木材も役立ちます。 すずは掘り出した土を畑へ運ぶと、晴海が軍港の大和や武蔵を眺めてて、兄に教わった知識を披露します。 お礼にすずは、 かなとこ雲という大雨を呼ぶ雲を指差すと、大雨が降ってきて防空壕へ避難します。 防空壕の入口で、すずと周作がキスしてると、中から北條の両親が出てきて気まずい思いをします。 すずの日常とリンや水原哲との再会 (ネタバレあらすじ) ある日、すずが畑から軍港をスケッチしていると、憲兵にスパイ行為だと叱責されます。 北條家の義母サンと径子は深刻に聞きますが、憲兵が去り周作が帰って来ると我慢できなくなり大爆笑します。 ドジっ娘すずがスパイに疑われたのですから。 晴海「なんかわからんが、つられておかしうなってきた」。 すずも笑いたかったけど「素直に笑えんのは、うちだけか.. その前に サンが「みんなが笑って暮らせれば、ええのにねぇ」と言ったことが実現したのはよかったです。 8月、砂糖の配給が止まります。 アリの行列をたどった晴海とすずは、貴重な砂糖に群がってるのを見つけ、砂糖壺を水おけに浮かべて予防を試みるが、水の中にこぼしてしまい「ありゃあ」となって闇市に買いに行きます。 そして物価の高騰ぶりに驚きます。 帰り道で迷い子となったすずは地面に落書きしてると、「スイカ、キャラメル、、」と絵を喜んでくれるきれいな女性リンに出会い帰り道を教えてもらえます。 この辺りは遊郭で、リンも身売りに出されたのです。 リン「うちは貧乏やったけど、いっぺん親切されてスイカの赤いとこ食べたねぇ」と言います。 すずは忘れてますが、リンは昔スイカをあげた座敷わらしです。 あの親切がめぐりめぐって道案内になったのです。 漫画原作では、リンは周作と男女関係があったほど重要人物ですが、映画ではほぼカットされてます。 スイカはすずとリンの、キャラメルはすずと周作の「 出会いの象徴」です。 すずは人さらいを眠らせた時「夕食がなくなって大変だねぇ」とキャラメルを持たせたのです。 9月、周作はすずと映画館でも行こうとするが、軍艦が入港して混雑したため、2人でぶらぶらします。 すずは幼なじみの水兵(おそらく水原)に会うのが恥ずかしくて、周作の後ろに隠れます。 周作「過ぎたこと、選ばんかった道、終わらんかった夢と変わりゃせん。 すずさんを選んだんは最良の選択じゃ」。 周作は「顔が白いなぁ」「やせたなぁ」と言い、すず「最近食が進まんな.. 」で北条家では、すずを妊娠したと思い2人分の食事を出されます。 しかし検査すると妊娠ではなく、夕食は1人分に減らされて「ありゃあ」となります。 おしろいをぬりすぎたようです。 12月、軍艦の青葉が入港し、すずの同級生だった水原哲が外泊許可を利用して北條家を訪ねます。 「すずはただのボンヤリじゃけ、遠慮のう言うて下さりゃ連れ帰りますわい」と言う水原の頭を、すずは灰皿で軽くなぐります。 水原はすずの家事ぶりを眺めて「 すずは普通じゃのう」とうれしそうです。 そんなやりとりを見た周作は、水原には納屋の2階で寝てもらい、すずにも語り明かして来いと言い締め出します。 普段見せないすずの別の顔を見た周作の、嫉妬心と優しさの混じった複雑な感情です。 水原は南の海で落ちてきた鷺(さぎ)の羽をお土産で渡します。 すずは羽ペンに仕上げノートにさぎを描くが、憲兵事件以来?久々で上手く描けません。 白波うさぎの絵の後日談を語った後、水原はすずの顔にキスし抱こうとするが、すず「こういう日を待ちよった気がする。 でもほんまにごめん」と拒否し、明け方に水原を見送ります。 すずののんびりさえ奪う戦争と悲劇 (ネタバレあらすじ) 昭和20年2月、「鬼いちゃん」こと兄の要一の戦死を聞き、すずと周作は広島の浦野家へ里帰りします。 遺骨箱の中は石1つだけで、妹すみは「お兄ちゃんの脳みそ?」と言うほどです。 呉への帰り道、すずは周作に水原と語り明かした夜についてお礼を言います。 同時に「夫婦ってそんなもんですか?」と問いつめ、周作「わしには見せん、あげな怒り顔」で夫婦げんかとなります。 駅員「そりゃ今せなあかん、けんかかね?」と言われ、2人で「ありゃあ」となります。 3月から5月、呉でも初空襲がはじまり、識別のため色付けされた対空砲火が、きれいな水彩画のようだが、多くの破片が降ってきて危険です。 空襲警報は朝昼晩、食事中も響き、晴海「もう飽きた」。 すずが洗濯中に見た飛行機雲は、当時は高く飛ぶB29爆撃機だけのものなので不穏な伏線です。 すずの点検は空襲警報時ものんびりです。 義父の円太郎は広島の飛行機工場の勤務で、空襲後に行方不明になります。 周作も海軍へ徴兵され、訓練で3ヶ月は帰れません。 周作は口紅したすずに「ほんま、こまいなぁ(小さい)」と言って送り出されます。 6月、義父の円太郎が広島の海軍病院で目を覚ましたと連絡され、径子がお見舞へ行きます。 円太郎は戦艦大和が沈んだ等と聞いて呉も危ないと感じ、腕時計の修理を口実に、径子と晴海に下関の元嫁ぎ先(時計店)へ行くようすすめます。 径子は切符を買いに広島駅で並び、すずと晴海は円太郎のお見舞へ行った帰り道、空襲警報を聞いて近所の防空壕へ避難します。 恐がる晴海にすずは落書きを見せ落ち着かせます。 すずと晴海は、B29の爆撃後、防空壕から出てクレーターのような穴を見つけます。 すずは講習で聞いた 時限式爆弾のことを思い出し、晴海とつないだ右手をひっぱるが手遅れでした。 すずは暗闇でいろんな夢を見て目覚めると、頭と右半身は包帯だらけで、右手と晴海を失ったことに気づき絶望します。 径子「人殺し!晴海を返して」義母サン「あの子も本気で言うとりゃせん。 あんたが助かっただけでも良かった思うとるよ」すず「(そうかな?)」。 ある日、B29からの焼夷弾(ナパーム弾)が北條家の屋根を突き抜けて火がつきます。 最初ぼーとしてたすずは布団と水をかけて、布団ごと外へ放り出します。 その日、呉の町は燃え広がり、高い位置の北條家へ多くが逃げてきます。 周作が戻ったのを見て、すずは緊張がとけて倒れます。 すずは晴海と右手をなくし家事もこなせず厄介者となり、少し精神も病んでます。 皆「よかった」と言うが、すず「どこがどうよかったのか、うちにはさっぱりわからん」 妹のすみが様子見に来て、好きな将校さんの話などしながら、焼け野原の呉の町まで歩くうち、すずも元気になり、 来月8月6日の江波の祭りには、広島へ帰省しようと考えます。 「鬼いちゃんがいなくて良かったと思うのは、ゆがんどる」と思いながら。 8月6日の広島、原爆投下の日 (ネタバレあらすじ) 7月下旬、すずは鷺(さぎ)を山へ追いかけ逃がし、水原のことを思い出します。 空襲がはじまり、周作は間一髪ですずと溝へ隠れて命拾いします。 すずが広島へ帰ると言うと、 周作はすずがいると楽しいと言って抱きしめ、すずも手を周作の背中に回します。 昭和20年8月6日。 空襲警報の解除後、周作は出勤します。 すずは先週末に広島へ帰るつもりが、負傷者が増えて病院の引き継ぎ書の予約がこの日になり、まだ呉にいます。 周作の引き止めで心が動いたのかもしれません。 径子は、片手のすずが着やすいようゴムひものもんぺを作ってくれ、晴海の死をすずのせいにした件をわびます。 径子は、すずの居場所は呉でも広島でもどちらでもいいので、自分で決めなさいと言います。 その時、外でピカッと光ります。 すずは「やっばり、ここへおらしてもらえますか?」と径子に寄りかかります。 その時、軽い衝撃波がきます。 その後、広島の方に巨大なきのこ雲が見え、すずは晴海に話した「かなとこ雲」の後の大雨を思い出します。 昭和20年8月6日午前8時15分、広島にピカドンこと原子爆弾が投下されたことは、もう少し後にしかわかりません。 広島ではラジオも新聞も止まって、新型爆弾が落とされたというウワサだけです。 広島市の回覧板が爆風で呉にまで飛んできたそうです。 すずはすぐ実家に戻りたいが戻れず、 結果的には放射能で被爆せず助かります。 そもそも8月6日の祭りに間に合うよう広島へ帰ってれば、原爆に巻きこまれた可能性すらあるので、運が良かったといえます。 終戦後の現実と悲しみが消えない心 (ネタバレあらすじ) 8月15日、回覧板で重大なラジオ放送が予告され、大日本帝国民は初めて天皇陛下の肉声を玉音放送で聞きます。 日本敗戦と太平洋戦争の終結宣言です。 径子は「晴海〜」と隠れて泣きます。 すず「最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね。 外国の米や大豆でうちはできとるから暴力に屈するんかね。 なんも考えへん、ぼっーとしたうちのままで死にたかったなぁ」と畑で大泣きします。 すずが戦争の悲惨さや深刻さを考える様子が、この時はじめて明らかにされます。 戦時中は泣くことも意見も制限されてたので、すずも径子も晴海の無駄死にを感じて、我慢の涙が一気にあふれたのでしょう。 日本が暴力で抑えてた韓国の朝鮮太極旗も上がります。 夕食時は灯火管制も解除されて明るい食卓で、混ぜものなしの白米を食べます。 呉のあちこちで町明かりが灯ります。 進駐軍が来ると、すずと径子は残飯の雑炊?をもらい、紙くずも入ってますが「うま〜」と満足します。 すずは米軍にもらったチョコレート一切れを晴海の死に場所に供えます。 食料が足りず、すずは結婚衣裳の晴れ着を物々交換します。 隣組の刈谷さんは息子の服を交換します。 息子は広島で原爆にあい、呉の隣保館まで戻ったが行き倒れ、それを息子と気付かなかったと刈谷さんは悔いています。 その死に跡は原爆を象徴してます。 「すずはこの世界で普通でおってくれ」と言う水原とその乗艦・青葉の幻覚を、すずは海辺で見ます。 すず「晴海さんはよう笑うてたので、笑うて想い出そうと思います。 うちは笑顔の入れ物なんです」。 刈谷「そうよ〜泣いてばっかじゃ、もったいない。 塩分がね〜」と笑います。 昭和21年1月、すずは久々に広島のスイカを食べた親戚の家へ行きます。 そこで寝てる妹すみは、被爆して手に放射線障害の皮膚炎を患ってます。 8月6日当時、母は祭りの準備で町で行方不明になり、父とすみが探し回ったが見つからずでした。 10月には、おそらく放射線被爆で父がなくなりました。 広島では、まだ多くの人が家族を探してて、人違いで声をかけられます。 すずは軍港があり空襲の多い呉で、先に右手を失ったが、結果的には浦野家でただ1人生き残りそうです。 幼いころ、1人だけ座敷わらしを見た幸運かもしれないし、晴海が犠牲になってくれたのかもしれません。 後ろを人さらいのバケモノが歩いていき、カゴにはワニのお嫁さん?がいます。 それは妹すみに話した冒険記「鬼いちゃんがワニのお嫁さんと南の島で暮らす」からの幻覚でしょう。 すずと周作は汽車を待つ間、原爆で母親を亡くした女の子になつかれます。 女の子の母親は、右腕を失くして右半身にガラスの破片が刺さってたので、おそらく左手で女の子を守ったのでしょう。 そして、母と同じく右手のないすずに親近感を持ったのでしょう。 すずと周作は女の子を連れ帰って、呉の北條家で一緒に暮らしはじめます。 径子は晴海の服を女の子に着せます。 エンドロール中、すずが女の子に裁縫を教え、女の子は径子に洋服を縫ってあげ、すずの服にもワンポイントで同じ生地をセンスよく縫います。 エンドロール後、『この世界の片隅に』のクラウドファンディングに出資した大勢の団体や一般の方の名前が流れます。 その下では、 すずが口紅で描いた風に、リンの幼い頃から遊女になる物語が見れます。 すずとの出会いの座敷童子とスイカの話も出てきます。 ラストはすずが失くした右手がバイバイします。 ネタバレ感想『この世界の片隅に』考察や評価レビュー この先は ネタバレありの感想考察です。 他の映画はも参考にしてください。 『』にも関わってたようです。 主役のすずの声は、タレントで女優の「のん」が演じています。 のんは事務所移転問題などでTVでは見かけなくなってます。 のんの声は、映像や声の入れ方が昔風に感じて見始めはかなり違和感がありました。 しかし観終わると、 この作品にはこの見せ方が最もあう気がしてます。 他の声は声優が担当してるので全く違和感ありません。 主題歌のコトリンゴ「みぎてのうた」等の音楽は作品の世界観にぴったりです。 同じ年の『』と重なる曲もあります。 優しい戦争映画?空想で生き抜く 『この世界の片隅に』は太平洋戦争時代が舞台ですが、戦争の生々しさや反戦などストレート表現は少なめです。 苦しくて非合理的な時代だからこそ、戦争と正面から向き合うのではなく、日々を明るく前向きに暮らし、長持ちさせようとする人々が描かれています。 すずは家族にもぼぉ〜とした性格を心配されて空想癖もあるため、彼女の視点で見える出来事はどこか 現実離れしてて笑えるけど、それが過酷な時代を生きるために必要な能力だったのです。 しかし実はぼっーとしとるすずも戦争を無視できてなかったことが、ラスト近くの号泣でわかります。 10円はげができたことから、鈍感なすずも環境が変わるとストレスを感じてたことがわかります。 かなとこ雲の形と突然の大雨は、後のきのこ雲と原爆の伏線です。 すずの兄は石1つで帰ってきますが、家族の戦死で涙を流すと非国民扱いされるブラックな時代でした。 他に気なった2点を書きます。 すずが座敷わらしを見た事件は、すずと他の浦野家の人々の将来を暗示したような恐ろしい出来事です。 祝言の時、すずは椿の花を髪にさし、椿柄の着物を着てます。 椿の花は水原を連想させますが偶然でなければ、すずの未練を感じます。 『この世界の片隅に』私の評価や総括 『この世界の片隅に』は、多くの人からクラウドファンディングで出資金を集めて制作された映画で、最初は上映館数も少なめでしたが、SNSや口コミで話題になり結果的にはロングランの大ヒット作となりました。 2016年の映画ランキングでも上位をしめた、この年を代表する映画です。 全日本人だけでなく、世界中の人に見てほしい作品です。 物語はシンプルですが情報量や伏線が多くて、2〜3回めにも新たな発見があるので複数回の視聴もおすすめできます。 モノローグ(思いや状況を直接語ること)が多すぎる、と批判する人もいますが『この世界の片隅に』はモノローグなしでは、ここまで素晴らしい作品にならなかったと思います。 つらい時代だが、 すずの能天気な考えを知ることにより、笑える物語に仕上がっています。

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【ネタバレ】『この世界の片隅に』を観た

この世界の片隅に 太極旗

「この世界の片隅に」をたったいま見終わりました。 とても面白かったのですが、イマイチわからなかったことがあるのでこの映画に詳しい方に質問があります。 これは何を暗示しているでしょうか?ただ原爆の残虐性を表現するだけのシーンですか? 最後の最後にあのカットを入れたことに少し違和感があります。 朝鮮進駐軍というのもあったらしいので。 自分の体が海の向こうから来たお米大豆からできていると言っているのが、日本の戦争による暴力支配を意味しているんだと思います。 暴力で支配しようとするから暴力に屈するんだって事です。 太極旗も同じ意味があると思います。 が、日本が戦争で朝鮮を支配していたわけじゃないので、加害者日本というイメージ操作の印象がぬぐえないですね。 それとお兄ちゃんが厳しかったから亡くなって喜んでいるという意味で言っているのですが、右手を失った悲しみで自分の不幸を人の不幸を喜ぶ事で紛らわそうとする心理がはたらいているって事じゃないですかね。 その自覚があるからその自分の心理を「歪んどる」と言っているんだと思います。 人の死をまだ理解できないほどの幼子が被害者だと描いているじゃないですか。 反戦作品って事だと思います。 憲兵っていうのはこの作品のカン違いで、特別高等警察、いわゆる特高のほうがしっくりきますね。 基本反戦作品だと思うので。 最初に人さらいの化け物に出くわす夢とも現実ともつかない、自分でさえ区別できないようなちょっとぼーとしてて妄想にはしるすずでしたが、そのすずの生き生きとした逞しく生きる姿が描かれていたと思います。 が、それを右手を失った事と結び付けるんじゃなく、右手を失った事も戦争体験の一部であって、その戦争体験と結び付けていると思うので。 基本反戦作品だと思うので。 補足です。 なぜすずが哲にあえて声を掛けなかったかの理由です。 まず重巡青葉の乗員だった哲が、その骸を晒すような青葉の姿を弔う気持ちで眺めていたんじゃないかと思います。 そこには青葉だけでなく亡くなった戦友達をも思っているのもあるのでしょう。 その弔いの気持ちを表すように、すずの失った「右手」が青葉とウサギの絵を描きそれが昇天するように天に昇ります。 すずの「右手」という事はすずの気持ちでもあって、哲の青葉を弔う気持ちを察し、それは哲だけの悲しみだから、そっとしておこうと思って黙って通り過ぎた、って事じゃないかと思います。 すずの失った「右手」のこの作品での位置づけについてはちょうど回答していました。 まずは、このアニメと原作漫画の素晴らしいところは 何かの主義主張のためにメッセージを込めたうるさい作品ではなく、 あの時代に生きた日本人に会いに行く、体験する という点にあることを忘れては行けません。 勿論、すずさん達が実在したわけではありませんが、 あの時代の呉に生きた人がどんな体験をしたのかを 徹底した時代考証と表現力で完璧に再現しています。 どんな意味があるのですか?と問われても、 基本的には、すずさんが体験したことに深い意味を見出だすこと それ自体に意味がないとしか言い様がありません。 それから、原作漫画を読まれた方が良いでしょう。 映画ではある重要人物のエピソードをごっそり抜いていますから、 更に衝撃の展開が待ち受けていて楽しめますよ。 それを見たすずさんはどう思うか、どう行動するか 考えた結果を表現しただけです。 最後に青葉を見上げる哲が出てきますよね。 あれがすずさんが見た幻であれば、 青葉と共に天に昇らなければ演出としておかしくなります。 あそこで哲に声を掛けなかったことこそ すずさんの成長と心境の変化を表す感慨深い場面です。 鬼イチャンの暴力と冒頭の人拐いや、半ば強制的な結婚、戦争などは すずさんにとっては理不尽で嫌なものではありますが、 絵を描くことで昇華と同時に消化してきました。 それが右手 絵 を失って精神的バランスも失っているため、 暴力を振るう鬼イチャンが死んだことを良かった と思っている腹黒い自分を発見してしまったわけです。 その為、孤児がなぜ親を失ったのかを描く必要があっただけです。 お互い右手で手を繋いでいた大切な人を失った者どうし 巡り会うという運命を描いています。 あそこをパトロールするのは当然のことです。 即死して遺体も見つからない母としばらくして死んだ父と いずれ死ぬであろう妹と生き残ったすずさんとで 原爆からの距離という偶然のもたらす運命を描いています。 しかも、広島へ帰ると駄々をこねていたすずさんにとっては 紙一重の差しかない運命のいたずらでした。 広島をスケッチするシーンも呉に戻る電車に乗り損ねるシーンも ハゲができるシーンも焼夷弾を消すのに躊躇したシーンも 鷺を追いかけるシーンも、実は全編に渡って 広島に帰りたいというすずさんの本心が根底にあります。 焼夷弾のシーンでは、この家が燃えてしまえば 実家へ堂々と帰れるものだろうかとすら考えています。 そして、それが晴美さんを楽しませ、リンさんを喜ばせ 人を救う力を発揮してきました。 しかし、その右手 絵 を失ったことで当然自暴自棄になり 呉を離れたい逃げたいと塞ぎ込むようになりますが、 一方で、周囲の人に心から向き合い、そして折り合いをつけていく 本当の意味での成長へと繋がっていきました。

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『この世界の片隅に』が傑作であることを痛感するあまり批判のために解離性同一性障害を来さなければならなかった28歳男性の実験的『片隅』批判

この世界の片隅に 太極旗

この映画「この世界の片隅に」の予告編に「悲しくてやりきれない」が流れてきたときも「おやっ」と思いました。 私の青春時代、フォークの名曲として誕生したこの歌は大好きですが、歌のモチーフとなったのは当時の日本では放送禁止歌になっていた「イムジン河」(朝鮮半島の河)だったからです。 その辺りの話は映画「パッチギ」にも登場しますね。 映画「この世界の片隅に」の中でのヒロイン・すずは、行間を読むと、どうやら在日との設定みたいですね。 すずは広島・呉に嫁ぎますが、日本海軍の軍港だったそこは何度も空襲されます。 絵の好きな彼女が丘の上から港を描いていると憲兵に見つかって大変叱られました。 これは在日の方ならなおさら怖い話でしょう。 さらに、町で偶然逢った出征まじかの幼なじみの男を自宅に連れてきたすずを見て(二人は喧嘩するほど仲が良い)、夫は「あいつは家には泊められん。 物置に寝てもらう」と追いだし、すずに「これを持っていって、ついでに積もる話でもして来い」と、冬なので「炭のあんか」を持たせ、自宅のカギをかけて、締めだしてしまうのです。 つまり「出征まじかの男だから、妻が望むなら一晩抱かせても良い」という意味です。 結局なにもありませんでしたが、後に妻は夫に「なぜあんなことをしたのか!」と詰め寄りました。 すると夫は「お前たちは喧嘩するほど仲が良いが、私とは喧嘩もしれくれない…」と。 するとすずは「今喧嘩してるじゃない!」と返します。 この一件で夫婦の仲はいっそう深まりました。 このエピソードは「日本と、在日の方の母国」がモチーフになっているのではないでしょうか。 韓国映画でおなじみの「北朝鮮と韓国・二つのものにゆれ動く葛藤」にも似ています。 映画の主題もこの「居場所」ではないでしょうか。 そして原爆が落ち、玉音放送が…。 日本が負けたことを知って、すでに片手を爆弾で失っていたすずは、「私はまだまだ戦える!」と泣きながら家を飛びだしました。 本土決戦、一億総玉砕の魂です。 確かあのとき、遥か遠くに小さく「太極旗(テグッキ)」らしきものが一瞬だけ映るのです。 私は目の錯覚かと思いました。 このクライマックスに「日章旗」や「旭日旗」ではなく「太極旗(テグッキ)」が出てきたことは重要記号です。 映画「私は貝になりたい」〈1959年〉が、戦場で日本人として戦った在日の方々への鎮魂歌なら、この映画「この世界の片隅に」も、銃後で日本人として戦った在日の方々への、それであったのでしょう。 ところで映画の予告編には能年玲奈さんが登場し、「私が主演した…」と言います。 彼女のファンですが、正直に言えば、私は「アニメの声優なのに主演!?」と思っていました。 でも映画を観てなっとくです。 彼女の声からNHK朝ドラ「あまちゃん」の主人公をもっと煮詰めたようなキャラが聴こえてきて(いや、観えてきて)、まるで絵に魂が宿ったように、アニメではなく実写を見ている様に感じられたからです。 「私が主演」という言葉にウソはありませんでした。 熱演です。 そして、観ている内に昔のモノクロ時代の名作邦画(実写)を観ているような気持ちになるほど「大人のドラマ」していました。 失恋ドラマを観れば、失恋の古傷が疼き、容易に主人公に感情移入できる私ですが、戦後生まれのせいか、こんなに上質な作品なのに、いまだ戦時中の人々の哀しみが実感として湧きません。 その己の薄情さに気づかされもした一本でした。 しかし西日本を中心に白いタンポポもあるらしいのです。 ためしにネットで調べてみると、一口にタンポポと言っても、専門的にはここに書ききれないほどの、たくさんの種類があるのを知りました。 又、中には、ざっくりと「在来種(白)と外来種(黄色)」という区別もありました。 映画「この世界の片隅に」のチラシには、ヒロイン・すずの周囲にタンポポが描かれているものもあります。 そのタンポポは白と黄色が共生しているのです。 私の地元では見た記憶のない構図ですが、西日本では当たり前の風景なのでしょうか。 これは映画の冒頭にもアップで出てきました。 だから重要記号だと思います。 私は、あの色は日本人と在日の方を表現しているのではないかと思いました。 共生する姿を。 そうすると、突然すずが舞妓さんみたいに顔を真っ白に塗った意味が分かるような気がします。 白い波ウサギや、白いサギが象徴的に使われていることも。 よく見ると下駄の片方はひっくり返っています。 すずは裸足で足をふんばっています。 あのとき、すずもタンポポの花なんですね。 素足で大地に根を張った。 すずは何色の花なのでしょう。 映画のラスト、玉音放送が流れたとき、淡々と受け止めていた周囲の人々とは対照的に、ひとり激高して飛びだしたすずがいました。 いっこは武蔵じゃ」。 予告編でも聴かれるこの言葉、 これも「色違いのタンポポ」と同じ事を語っていたのでしょう。 あえて「両手を印象付ける」ためでしょうか。 あのような愛らしいシーンは数か所あった記憶です。 二種類のタンポポや、二隻の戦艦のエピソードもそこへ収束して行くのでしょう。 幼なじみ(在日の方・母国の記号)と、夫(日本の記号)の二人も。 そして、すずは夫婦の契りを結んだ夫だけを選択したのと同じように「片手も無くす」のです。 生来の利き手(母国)を。 あれは、敵味方・二者択一の戦争に生まれる、ある意味「踏み絵」を、すずが踏んだという事かもしれません。 これからすずは、不自由な左手を訓練して(日本人として)生きていくのです。 母を亡くした孤児といっしょに。 子育ては生きがいでもあります。 根底にあったのは人種差別だったと思われます。 その舞台となったのがサイパンでした。 あの「小さな島で日米が戦う」ことで、軍曹の「心の中の葛藤」を表現していました。 つまり戦争を描く為ではなく、葛藤を描く為にあえてサイパン戦が選択された(あの映画が存在した)とも言えるのです。 この映画「この世界の片隅に」も「居場所」、つまり「人は同時に二つの場所には存在できない」、「だれも、二人の主人に仕えることはできない(聖書より)」などを語っていますが、それを描く為に戦争が舞台になったと思われます。 そのあたり、二つの場所、二人の恋人に葛藤する映画「ブルックリン」も思いだします。 だから軍港と民家が隣接する呉、そして民間人までもが原爆の被害を受けた広島が選択されたのかもしれません。 そして戦争自体もまた、いつか勝敗がつくものです。 両者ともが勝利者になることはできません。 あらためてチラシを見ると、確かに何カットかにありました。 野原で振り返っているすずは、ホクロが見えるようにか、左に振り返っていますし。 唐突なセリフは重要記号の可能性大ですので、ぼんやりと考えていましたが、少し解った気がしました。 それは「太極旗(テグッキ)」の周囲四隅にある「卦」と呼ばれる黒いマークの事だったのかもしれません。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 さらに中央の丸は、「陰陽」の「太極」を表しています。 大人しすぎるほどだったすずの感情がラストに大爆発したのは、陰から陽にスイングした姿だったのかもしれません。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 とくに下駄の歯が「卦」ぽいですね。 そして、さらに俯瞰すると… チラシではカットされていた周辺部も「公式サイトのトップ画面」で見ることができました。 「四角」(手前にある階段)と、「点々」(奥にある麻雀パイみたいな模様)に記号化された「太極旗(テグッキ)」の「卦」が見えます。 そうすると野原の丸くなったすずと周囲に置いてある下駄や花、ノートの総体、あの丸が「太極旗(テグッキ)」の「陰陽」の「太極」になります。 又、毛布をかぶってかっ歩するシーンの絵があります。 あの珍奇な姿が気になっていましたが、あの毛布に書いてある花は、韓国の花である「むくげ」のようです。 毛布をかぶったのは、花をまとうための必然なのでしょう。 あれはヴァイオリンを演奏している様にも見えます。 映画「戦場のピアニスト」では「戦争の極限状態でも人間は食と芸術」を求めると語られていましたが、すずの鍋のシーンも「食と芸術」を表現していたのかもしれません。 そうすると、すずが絵を描いていたのも、病院の音楽も、アリさんが砂糖のツボに行列を作るのも、お姉さんが砂糖の溶けた水を、それを知らずに喜んだのも「食と芸術」の表現なのです。 やわらかでクセのないアナログライクな絵と、爆撃を受けたときの刺激的なデジタルっぽい音作り。 あの対比の妙。 あの際立つ刺激音の痛さは、映画「プライベート・ライアン」だっかでしょうか、私の中では、あの着弾音の痛さを思いださせるものでした。 >すると米軍のバンカーバスターで、ゴジラの体に空いたたくさんの穴も、「星条旗の星」だったのかもしれません。 >すると、その穴から出た放射熱線は「星条旗の横線」になるのです。 (映画「シン・ゴジラ」追記16より) 上記がバトルモード時のゴジラならば、一歩手前のゴジラの姿はこうなります。 さらに沢山の歯については、「歯並びが悪いな…」という、わざとらしいセリフが入るぐらい強調されたポイントです。 この「両手+沢山の歯」は、「(記号化された)星条旗の星」だと思います。 そして「星条旗の赤ライン」はご存じ血のようなゴジラの赤い縞、「白いライン」は背びれの青白い発光だと思います。 つまり、ゴジラは「歩く星条旗」だったのかもしれません。 「私が主演」という言葉にウソはありませんでした。 熱演です。 (本文より) のんさん(能年玲奈さん)は、歌も歌っておられます。 ヒロイン・すずの声よりも、少しハイトーンのようですが、ロック音楽の中に、のんさんの声質の良さが乗っています。 html• のんさんには、声優だけでなく、女優としてのご活躍も期待しています。 返信を投稿• 私の青春時代、フォークの名曲として誕生したこの歌は大好きですが、歌のモチーフとなったのは当時の日本では放送禁止歌になっていた「イムジン河」(朝鮮半島の河)だったからです。 その辺りの話は映画「パッチギ」にも登場しますね。 すずは広島・呉に嫁ぎますが、日本海軍の軍港だったそこは何度も空襲されます。 絵の好きな彼女が丘の上から港を描いていると憲兵に見つかって大変叱られました。 これは在日の方ならなおさら怖い話でしょう。 物置に寝てもらう」と追いだし、すずに「これを持っていって、ついでに積もる話でもして来い」と、冬なので「炭のあんか」を持たせ、自宅のカギをかけて、締めだしてしまうのです。 すると夫は「お前たちは喧嘩するほど仲が良いが、私とは喧嘩もしれくれない…」と。 するとすずは「今喧嘩してるじゃない!」と返します。 この一件で夫婦の仲はいっそう深まりました。 韓国映画でおなじみの「北朝鮮と韓国・二つのものにゆれ動く葛藤」にも似ています。 映画の主題もこの「居場所」ではないでしょうか。 本土決戦、一億総玉砕の魂です。 私は目の錯覚かと思いました。 このクライマックスに「日章旗」や「旭日旗」ではなく「太極旗(テグッキ)」が出てきたことは重要記号です。 彼女のファンですが、正直に言えば、私は「アニメの声優なのに主演!?」と思っていました。 「私が主演」という言葉にウソはありませんでした。 熱演です。 その己の薄情さに気づかされもした一本でした。 しかし西日本を中心に白いタンポポもあるらしいのです。 又、中には、ざっくりと「在来種(白)と外来種(黄色)」という区別もありました。 そのタンポポは白と黄色が共生しているのです。 私の地元では見た記憶のない構図ですが、西日本では当たり前の風景なのでしょうか。 これは映画の冒頭にもアップで出てきました。 だから重要記号だと思います。 共生する姿を。 白い波ウサギや、白いサギが象徴的に使われていることも。 よく見ると下駄の片方はひっくり返っています。 すずは裸足で足をふんばっています。 素足で大地に根を張った。 すずは何色の花なのでしょう。 いっこは武蔵じゃ」。 あのような愛らしいシーンは数か所あった記憶です。 生来の利き手(母国)を。 母を亡くした孤児といっしょに。 子育ては生きがいでもあります。 根底にあったのは人種差別だったと思われます。 つまり戦争を描く為ではなく、葛藤を描く為にあえてサイパン戦が選択された(あの映画が存在した)とも言えるのです。 そのあたり、二つの場所、二人の恋人に葛藤する映画「ブルックリン」も思いだします。 両者ともが勝利者になることはできません。 あらためてチラシを見ると、確かに何カットかにありました。 野原で振り返っているすずは、ホクロが見えるようにか、左に振り返っていますし。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 大人しすぎるほどだったすずの感情がラストに大爆発したのは、陰から陽にスイングした姿だったのかもしれません。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 とくに下駄の歯が「卦」ぽいですね。 「四角」(手前にある階段)と、「点々」(奥にある麻雀パイみたいな模様)に記号化された「太極旗(テグッキ)」の「卦」が見えます。 あの珍奇な姿が気になっていましたが、あの毛布に書いてある花は、韓国の花である「むくげ」のようです。 毛布をかぶったのは、花をまとうための必然なのでしょう。 映画「戦場のピアニスト」では「戦争の極限状態でも人間は食と芸術」を求めると語られていましたが、すずの鍋のシーンも「食と芸術」を表現していたのかもしれません。 やわらかでクセのないアナログライクな絵と、爆撃を受けたときの刺激的なデジタルっぽい音作り。 あの対比の妙。 あの際立つ刺激音の痛さは、映画「プライベート・ライアン」だっかでしょうか、私の中では、あの着弾音の痛さを思いださせるものでした。

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