シャルル アンリ サンソン 死因。 Vengeance For Pain

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シャルル アンリ サンソン 死因

1899年、アメリカのオーバーン刑務所に出現したSCP-2005-JP。 現存する最古の写真 アイテム番号: SCP-2005-JP オブジェクトクラス: Euclid 特別収容プロトコル: SCP-2005-JPの収容は現時点では不可能です。 対応は一般社会からの隠蔽に注力されます。 財団と同盟国間にはバスチーユ条約が締結され、刑務所との協力体制、公開処刑の原則禁止等が取り決めされています。 死刑の執行の際は、刑務官やジャーナリストの偽装身分を持つエージェントチームが現場に立ち会い、SCP-2005-JPの出現に備えます。 出現が確認された場合は、直ちに現場を封鎖し、受刑者の遺体の回収、記録の改竄、担当者への聴取を行い、完了し次第目撃者にクラスA記憶処理を実施します。 受刑者の遺族が遺体の引き取りを希望した場合は、火葬もしくはエンバーミング後に引き渡して下さい。 説明: SCP-2005-JPは世界各地の処刑場に出現する人型実体です。 外見的には身長約180cmのコーカソイド系若年男性であり、近世ヨーロッパ風の赤いコートを身に付け、両刃の長剣を装備しています。 会話の際はフランス語を用いますが、SCP-2005-JPの発話内容はフランス語の知識がない人間でも理解できます。 SCP-2005-JPは死刑が執行される直前、処刑場に突如出現します。 正確な出現条件は確定していませんが、共通点としては刑務官や兵士等の執行担当者の中に、受刑者に同情的な者、死刑の正当性を疑問視する者がいた点が挙げられます。 出現したSCP-2005-JPは自分が処刑を代行すると宣言し、長剣で受刑者の頸部を切断します。 この際、周囲の人間はSCP-2005-JPに妨害を含む一切の干渉ができなくなります。 後の担当者らへの聴取では「SCP-2005-JPの威厳に圧倒されて近付けなかった」等と述べています。 その後、速やかにSCP-2005-JPは消失します。 歴史部門が確認している最古のSCP-2005-JP出現例は、1871年のパリ・コミューン 関係者の処刑現場です。 以下はSCP-2005-JP出現例の抜粋です。 スリランカ出身のメイド。 世話をしていた乳児の喉にミルクを詰まらせ死亡させた罪で死刑を宣告された。 過失致死の可能性、事件時22歳と詐称していたが実際は17歳であった可能性が高いことなどから、スリランカとサウジアラビア間で外交問題に発展し、人権団体も非難を表明した。 執行担当者の状態: 担当者の一部が、受刑者の年齢から執行に罪悪感を抱いていた。 また、サウジアラビアの刑法における、過失致死と殺人の境界の曖昧さを疑問視する担当者も存在した。 上記理由によりSCP-2005-JPの収容は現時点では不可能ですが、出現条件が限定的、受刑者以外に危害を加えたケースがない、隠蔽手順は確立されている等の点から、オブジェクトクラスはEuclidが妥当と判断されています。 手紙の一部と考えられていますが、保存状態の悪さから著者等の詳細は不明です。 以下はその抜粋です。 次に、各地の処刑場に現れる、深紅の外套の処刑人について。 かの者は神聖にして不可侵であり、妨害は不可能にして無用である。 かの御仁こそ[解読中]に転生せしムッシュ・ド・パリ、 である。 サンソン氏は正規の騎士でこそないが、騎士団への貢献度、神智の理解の深さは計り知れないものであった。 先代はかの御仁こそ後継者に相応しいと考えた。 私も全く同意見であった。 しかし、あくまで王家への忠誠を貫く彼は辞退した。 先代はサンソン氏に代わりの望みを訊ねた。 彼は世界から死刑を根絶して欲しいと願った。 さしもの騎士団でもそれは不可能だった。 人類は未だ[解読中]には達していない。 ならばせめて、罪の重みに苦しむ処刑人たちに代わって、死後も裁きの剣を振るい続けたいと彼は願った。 先代がどのようにサンソン氏の願いを叶えたのかは、私も知らない。 しかし、おそらくは[解読中]転生の秘蹟を用いたのであろう。 氏であれば資格は十分だ。 処刑人という家業 を呪いながら、時代に強いられ2700人以上もの人々を手に掛けねばならなかった。 彼ほど、魂の痛みに耐え続ける生涯を送った者がいるだろうか? 死という救いすら拒み、今日もサンソン氏は理不尽な死刑を代行し続けている。 世界から死刑が根絶されるまで、その魂が休息することはないであろう。 我々は彼のためにも、1日も早く頑迷を廃し、人類を神智に至らせなければならない。 連絡は以上である。 汝にジャック・ド・モレー の祝福あれ。 諜報局日本支局デブリーフィングログ: 緊急時のため略式で行われた。 〈21:55:23〉 エージェント・立花: 謝るのは後回しよ。 まずは報告を。 〈21:55:27〉 エージェント・戸神: はい。 まず、保衛部はカオス・インサージェンシーの得意先などではありません。 長官以下、幹部のほとんどがインサージェンシーの構成員でした。 〈21:55:30〉 エージェント・立花: 証拠は例の人事課のパソコンの中に? 〈21:55:43〉 エージェント・戸神: はい、双睛の皆さんに回収してもらっていますので、後ほど確認を。 [呻く] 〈21:55:47〉 エージェント・立花: 痛むの? 鎮痛剤を追加する? 〈21:55:53〉 エージェント・戸神: いえ、大丈夫です。 それで、報告のために通信機の隠し場所に向かっていたら、いきなり銃を突き付けられたんです。 「財団の手先め」って。 なぜバレたのかは分かりません。 理由すら分からないなんて、エージェント失格だ。 〈21:55:57〉 エージェント・立花: インサージェンシー絡みじゃ、どんなことだって起こり得るわ。 極端な話、テレパシーであなたの心を読んだのかもしれない。 話が逸れたわね。 それで? 〈21:56:10〉 エージェント・戸神: 地下室で略式裁判と称して拷問されました。 何か吐かせたかった訳ではなく、痛めつけて喜んでいるだけでしたけどね。 けれど、僕からの定期連絡が途絶えたら、次は機動部隊が殴り込んでくると思い至ったんでしょう。 さっさと始末して逃げようということになりました。 ところが、僕の処刑を命じられたのが、その。 〈21:56:18〉 エージェント・立花: まさか、エージェント・雛倉!? 〈21:56:33〉 エージェント・戸神: 彼女も疑われていて、試されたのか。 それとも単に、新人に度胸を付けさせようぐらいのつもりだったのか。 雛倉は一見落ち着いていましたが、僕には分かりました。 銃口が震えて、今にも泣き出しそうだった。 早く撃てと、僕は目で訴えかけました。 でも、雛倉はなかなか撃てなくて。 まったく、撃たなきゃ自分も殺されるだけなのに。 〈21:56:48〉 エージェント・立花: そうか、そこに例のサンソン氏が現れたのね? 処刑場、そして殺したくない処刑人、か。 〈21:57:03〉 エージェント・戸神: はは、異常存在に感謝したのは初めてでしたよ。 これで雛倉に罪悪感を背負わせずに済むって。 でも、僕が見た彼は、報告書とは様子が違っていて。 〈21:57:09〉 エージェント・立花: 違っていた? 〈21:57:18〉 エージェント・戸神: 怒っていたんです。 阿修羅もかくやの、憤怒の形相で。 〈21:57:20〉 エージェント・立花: 彼は何か喋った? 〈21:57:27〉 エージェント・戸神: 確か「いつまで続ける気だ」とか「この乙女の苦しみが分かるか」とか「かつての恋人を処刑させられた 私の苦しみが」とか、それはもう烈火のような勢いで。 〈21:57:30〉 エージェント・立花: ごめん、やっぱりこれだけは先に訊かせて。 雛倉はどこに? 〈21:57:39〉 エージェント・戸神: 分かりません。 彼が雛倉に何か言っていたようですが、そこで気を失ってしまって。 目覚めた時には、保衛部はすでにあの状態でした。 〈21:57:46〉 エージェント・立花: そう。 〈21:57:56〉 エージェント・戸神: 立花先輩、もういいですか? 僕も雛倉の捜索に加わりたいんですが。 〈21:58:00〉 エージェント・立花: 馬鹿言ってんじゃないの、ご飯食べて寝なさい。 〈21:58:06〉 〈後略〉 保衛司令部施設内の監視カメラ映像を分析したところ、SCP-2005-JPと酷似した服装をしたエージェント・雛倉が司令部軍人たちの頸部を長剣で切断する様子が撮影されていました。 現在、諜報局はエージェント・雛倉の捜索隊を司令部の周辺地域に展開させています。 目撃者の証言や監視カメラ映像から、エージェント・雛倉によるものと考えられています。 研究班はエージェント・雛倉がSCP-2005-JPに近い異常性を得ていると仮定し、暫定的にSCP-2005-JP-1にナンバリングしました。 現場の壁にはフランス語で以下のメッセージが記されていました。 シャルル=アンリ・サンソン 当インシデントを受け、SCP-2005-JPのオブジェクトクラスはKeterに再分類されました。 現在、特別収容プロトコルを改訂中です。 SCP-2005-JP-1のナンバリングは正式に認可され、対応は捜索から確保にシフトしました。 サンソン氏の暴走の件、お詫び申し上げる。 彼があれ程の怒りに駆られている理由は、我々にも分からない。 フランスがギロチンを捨てた後も、世界では今尚死刑が続いている。 慈悲深い彼だからこそ、これ以上は見過ごせなかったのか。 お送りした物は、サンソン家の家宝にして家紋の由来になった聖遺物だ。 これをサンソン氏の前で、祈りを込めて打ち鳴らしてくれ。 あるいは、彼を正気に戻せるかもしれない。 本来であれば我々が責任を取るのが道理であろうが、神智に近付くために情を捨てつつある我々には、最早祈りを込めることができない。 だが、ヴェールの守護者たる諸君なら、サンソン氏の苦しみが理解できるはずだ。 祖先に代わってお願い申し上げる。 どうか、我らが盟友シャルル=アンリ・サンソンを救ってやってくれ。 賛成派の意見は「SCP-2005-JP-1による国家元首の殺害が続けばUP-クラス社会変動シナリオに至る可能性があり、早急に解決する必要がある」、反対派の意見は「リュミエール騎士団に関しては情報が少なく、信頼する根拠に乏しい」が主なものでした。 最終投票の結果、賛成6反対7でSCP-2005-JP-1に対するAO-8901-SBOSの利用は否決されました。 サイト警備員、および居合わせたフィールドエージェントが対応しましたが、SCP-2005-JP-1は多様な異常能力を行使してセキュリティを突破し、サイト深部にまで侵入しました。 詳細な状況は確認中です。 以下はサイト内の監視カメラが捉えたSCP-2005-JP-1の行動です。 簡略化のため、特筆すべき行動が見られない箇所は省略されています。 [SCP-2005-JP-1、Cam-012の視界に入る] 森谷警備員: おい、ここは関係者以外立ち入り禁止……え? 〈14:31:15〉 珠田警備員: 雛倉さん? 雛倉さんじゃないですか! どうしたんです、エージェント用の入口はこちらでは。 [Cam-012に向かって警戒のハンドサイン] 〈14:31:21〉 SCP-2005-JP-1: 雑兵に用はない! 〈14:31:28〉 [床からバラのような実体が出現、両警備員に絡み付き拘束する] 〈14:31:31〉 森谷警備員: くそっ、何だこいつは!?[バラのような実体を引き千切ろうと試みるが、異常な強度を備えており失敗] 〈14:31:33〉 珠田警備員: こちらゲートA、襲撃です! 敵は、その、エージェント・雛倉です。 いえ、外見はそう見えます。 〈14:31:34〉 [SCP-2005-JP-1、全身が発光し始める] 〈14:31:41〉 SCP-2005-JP-1: 何も変わっていない、人も、国も。 保身のために我々の手を汚させて、自分は高みの見物か! 貴様らに人を裁く資格などあるものか! 〈14:31:43〉 [SCP-2005-JP-1、長剣でゲートA隔壁を破壊する] 〈14:31:58〉 森谷警備員: ゲートA、破壊されたぞ! 〈14:32:01〉 珠田警備員: は、服装ですか? ええ、真っ赤なコートを着ています。 何か、宝塚の舞台衣装みたいな。 〈14:32:04〉 SCP-2005-JP-1: O5とやら、次は貴様らの番だ! 我が裁きの剣にて、地上最後の革命を成し遂げん! 〈14:32:14〉 [SCP-2005-JP-1、Cam-012の視界から離脱] 〈14:32:16〉 [SCP-2005-JP-1、Cam-023の視界に入る] 〈14:35:01〉 三峰警備主任: 止まれ! おい、頼むから止まってくれ! あんたに手ぇ出したら、立花に殺される! 〈14:35:04〉 SCP-2005-JP-1: おお、おお、聞こえるぞ。 罪悪感に引き裂かれる、幾多の同胞の嘆きが! おのれO5、今まで何人殺させた!? 〈14:35:08〉 [SCP-2005-JP-1、前進し始める] 〈14:35:17〉 三峰警備主任: 許せ。 〈14:35:18〉 [三峰警備主任と警備員2名、SCP-2005-JP-1に発砲するが、弾丸は着弾前にバラの花弁に変化させられ無力化] 〈14:35:20〉 [床からバラのような実体が出現し、三峰警備主任と警備員2名を拘束する] 〈14:35:22〉 SCP-2005-JP-1: 言え、O5とやらはどこにいる!? 〈14:35:25〉 [SCP-2005-JP-1、三峰警備主任の顔面を掴む] 〈14:35:29〉 SCP-2005-JP-1: サイト管理官? その者なら知っていると言うのか? 〈14:35:31〉 [SCP-2005-JP-1、手を離す] 〈14:35:35〉 SCP-2005-JP-1: こちらか。 〈14:35:35〉 [SCP-2005-JP-1、長剣でエレベーターのドアを破壊する] 〈14:35:38〉 三峰警備主任: おい、聞こえたか。 さっさと避難しろ! 〈14:35:42〉 [SCP-2005-JP-1、エレベーターシャフトに侵入] 〈14:35:40〉 [SCP-2005-JP-1、Cam-035の視界に入る] 〈14:37:25〉 [SCP-2005-JP-1、サイト管理室のドアに向かって長剣を構える] 〈14:37:28〉 [エージェント・戸神がSCP-2005-JP-1の背後に現れ、拳銃を構える] 〈14:37:29〉 エージェント・戸神: 動くな! 〈14:37:30〉 [床からバラのような実体が出現しエージェント・戸神を拘束しようとするが、途中で動きが止まる] 〈14:37:31〉 SCP-2005-JP-1: あの時の若者ではないか。 なぜ邪魔立てする? 汝らを処刑人の宿業から解放してやろうと言うのに。 そんなにO5とやらが怖いのか! 〈14:37:33〉 エージェント・戸神: そうじゃない、誰も無理強いなんかしていない! 〈14:37:42〉 SCP-2005-JP-1: 偽るな。 汝の心は痛みに悲鳴を上げているぞ、殺したくないと! かつての私と同じだ! 〈14:37:47〉 [SCP-2005-JP-1が発光を弱め、よろめく] 〈14:37:58〉 SCP-2005-JP-1: こ、これは? 〈14:38:01〉 戸神先輩、聞こえますか? エージェント・戸神: え?[周囲を見渡す仕草] 〈14:38:03〉 SCP-2005-JP-1: 乙女よ、なぜ拒む!? 〈14:38:04〉 申し訳ありません、私の所為で エージェント・戸神: この声、ひ、雛倉なのか? 〈14:38:07〉 SCP-2005-JP-1: 共に、革命を成し遂げようと誓ったではないか! 〈14:38:10〉 確かに私は人間が嫌い。 そう、嫌いなだけだった。 あなたのような崇高な理想なんてない。 革命を起こす資格なんて、私にはない エージェント・戸神: 雛倉、聞こえているのか! 〈14:38:16〉 SCP-2005-JP-1: そんなことはない! 汝には自由になる権利がある! 〈14:38:21〉 先輩、撃って。 今なら撃てるわ エージェント・戸神: 何だって? う、撃てって、え? 〈14:38:26〉 SCP-2005-JP-1: さあ、今一度、私と合一を! 〈14:38:30〉 そのつもりで来たんでしょう? さあ、早く エージェント・戸神: 嫌だ。 〈14:38:35〉 SCP-2005-JP-1: 誰も、誰も殺さなくていい世界を。 〈14:38:37〉 私だって嫌でしたよ! なのに、自分ではできないの? この意気地なし! エージェント・戸神: ぼ、僕は。 〈14:38:39〉 [SCP-2005-JP-1、膝を付く] 〈14:38:42〉 SCP-2005-JP-1: [日本語]私たちは財団エージェントでしょう、先輩? 〈14:38:43〉 エージェント・戸神: [絶叫] 〈14:38:48〉 [エージェント・戸神、SCP-2005-JP-1に発砲] 〈14:38:50〉 [SCP-2005-JP-1の前にAO-8901-SBOSが出現、弾丸が命中する] 〈14:38:50〉 SCP-2005-JP-1: これは、サンソン家の。 〈14:38:52〉 [AO-8901-SBOSが鳴り始め、映像がノイズに覆われる] 〈14:38:54〉 [オルガンの演奏と合唱らしき音声、後の分析でシューベルトのアヴェ・マリアと判明] 〈14:38:57〉 エージェント・戸神: こ、ここは? 〈14:38:00〉 不明な男性の音声: あれは、転生の時に見た。 〈14:38:03〉 不明な女性の音声: あなた、お仕事熱心も程々になさって下さいな。 〈14:38:10〉 不明な男性の音声: マリー・アンヌ、君なのか? 〈14:38:17〉 不明な女性の音声: もういいではないですか。 子供達の時代は、子供達に任せましょう。 〈14:38:20〉 不明な男性の音声: しかし、このままでは何も。 〈14:38:27〉 不明な女性の音声: 変化は目に見えるものばかりではありませんよ。 それに、どんな時代にも決して変わらないものもある。 ねえ? 〈14:38:30〉 エージェント・戸神: え? 〈14:38:37〉 不明な女性の音声: 信じておりますよ、これからも。 〈14:38:39〉 [オルガンの演奏と合唱らしき音声が止み、映像が復活する。 AO-8901-SBOS は消失している。 SCP-2005-JP-1は床に倒れている。 隔壁やエレベーター等の設備が一部破壊されたものの、収容違反や人的被害は発生していません。 現在、道策管理官の指揮下で補修作業中です。 AO-8901-SBOSは保管庫から消失していることが確認されました。 AO-8901-SBOSの出現から消失までのログに関してエージェント・戸神に聴取を行ったところ、「巨大な門や広大なバラ園などの漠然としたイメージがあるのみで、詳細は記憶にない」と証言しています。 SCP-2005-JP-1はサイト-81ILで隔離観察中ですが、特に異常性は見られません。 国家元首殺害に関しては当人の責任ではないと判断され、処分は見送られました。 問題がなければ、近日中に職務に復帰する予定です。 SCP-2005-JPの再出現は報告されていません。 特別収容プロトコルの改訂は一時中止しています。 オブジェクトクラスNeutralizedへの再分類は再評価委員会で審議中です。

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美貌の死刑執行人シャルル・アンリ・サンソン~その妹や死因を含めてご紹介~|世界の歴史

シャルル アンリ サンソン 死因

Contents• 突然ですが。。。。 首切り役人や処刑人。 こう聞くと、どんな人を想像しますか? 黒い布で顔を隠して、先の鋭い斧を持った死神のような不気味な大男を思い浮かべてしまいますよね! 処刑人ならまだしも、首切り役人って、、、、。 役人って日本なら役所で働いている人じゃないですか?? 彼らのことは歴史の中でも闇の部分であり、誰も好んで目を向けたいものではありません!!できればそんな不吉で恐ろしい歴史には触れたくありません。。。 しかしそれでも 、彼らは一人の人間でありました。 今回の記事では、漫画や舞台に取り上げられることもあるシャルル=アンリ・サンソンを取り上げていきたいと思います! シャルル=アンリ・サンソンは、一体どんなことを考え、死刑を執行していったのでしょうか。 日本で呑気に暮らしている私たちには想像もできないような苦悩があったに違いありません!今日はそんなサンソン家についてみていきたいと思います! シャルル=アンリ・サンソンとはどんな人物? シャルル=アンリ・サンソンは、フランス革命期に生きた フランス・パリの処刑人です。 当時はムッシュー・ド・パリと呼ばれ、フランスの処刑人の代表でもありました。 フランス革命で、数多の血を流しながら生きた処刑人。 一体、彼はどんな人物だったのでしょうか? サンソン家の誕生 シャルル=アンリ・サンソンが生きたのは、18世紀のフランス・パリ。 当時のヨーロッパには、 世襲制の死刑執行人がいました。 それはフランスも例外ではなく、パリの死刑執行人の家系こそがサンソン家です。 サンソン家は、 「ムッシュー・ド・パリ」という呼称を持っていました。 これは、パリの死刑執行人を表す言葉であると同時に、フランス全土の死刑執行人のまとめ役であることを指します。 つまり、シャルル=アンリ含むサンソン家は、数いる死刑執行人のトップだったのです!! なんか官僚トップみたいな言い方していますが、つまりは 殺人専門家ってことですからね! 彼らは副業や徴税権を持ち 特殊な形ではありますが 、その生活ぶりは裕福なものでした。 シャルル=アンリの父、ジャン・バチストの頃までは、およそ年間6万リーブルの収入があったといわれています。 日本円で8万円ほど。。 この収入は、当時の労働者が年400リーブルの収入だったことを考えると、かなりの高級取り。 その上、死刑執行人は税金を払う必要すらありませんでした。 そりゃあ、そんな破格の給料をもらっていればやるしかないですよね! サクソン家の死刑執行人という仕事を考察 ここで、 「死刑執行人」という仕事を考えてみましょう。 名前通り、サンソン家は法の名の元に、犯罪者に対しての死刑を執り行っていました。 当時の死刑方法には、斬首刑や絞首刑以外にも代、車裂きの刑や四つ裂きの刑など残酷極まりないものもあります。 なぜだろう、ヨーロッパって えげつない拷問や、死刑のイメージがありますよね。。 これらを実際に行い、監督することが死刑執行人の役割なのです。 当時の死刑執行は、衆人環視の中で行われていました。 要するに、ショーの一環だったわけです。 施政者は見せしめのつもりでも、民衆にとってはただの憂さ晴らし。 それにしても、同じ人間の死に行く様がストレス解消とは、どう捉えたら良いのでしょうね。 しかし本来、人にとって「死」とは怖くて厭わしいもの。 例え自分自身が死刑を楽しんでいたとしても、心の底には恐怖があったはずです。 そして、それを顔色一つ変えずに扱う死刑執行人。 サンソン家を含む死刑執行人は、恐怖の対象であると同時に、嫌悪の対象でもありました。 その上、サンソン家はかなり裕福な生活をしています。 妬みや恐怖から、 「差別」が始まってしまいます。 彼らは、現在では考えられない程の差別を受けながら生活していたのです。 不吉だと忌み嫌われ、家には誰も寄り付かない。 生活物資や仕事用の物資を買うにしても、多額のお金を積まなければ売ってもらえない。 子供を学校に通わせたくとも、どこの学校も受け入れてくれない。 一度は受け入れたとしても、他の保護者からのクレームで追い出されてしまう。 いくら裕福であったとしても、日常生活に差し障ることは多かったでしょう。 シャルル=アンリもまた、こうした環境の元で育ったのです。 家は豪華で、貴族並みの生活が送れる。 反面外に出れば、人々から蔑んだ態度を取られる。 できることなら、こんな生活は送りたくないですよね? 死刑執行人でありながら、死刑廃止論者 それでは、シャルル=アンリの人物像について触れていきましょう。 シャルル=アンリは上背のある、均整の取れた体つきの美形だったとされています。 一時期はプレイボーイとして浮名を流していました。 彼の恋人として有名な人物としては、ルイ15世の愛人であるデュ・バリー夫人が挙げられます。 もっとも、これは諸説あるもので、本当に恋人同士だったのかは分かっていません。 やがて、シャルル=アンリは年上の女性と結婚します。 この女性は一般の農家出身で、死刑執行人の結婚としては異例のことでした。 通常、死刑執行人は同業者の家同士で結婚していました。 先述の通り、死刑執行人は忌み嫌われていました。 身分を明かしていては、一般人と恋愛はおろか、結婚などなかなかできるものでは無かったのです。 そんな中で、農家出身の女性を妻にしたシャルル=アンリ。 つまり、それほどカッコ良い男性だったのでしょう。 差別や偏見をものともせず、女性を懐に飛び込ませるような人なのですから……。 影のある美丈夫。 一度見てみたいものですね。 シャルル=アンリは両親の手によって、高い教育を受けてきました。 差別に合い、学校を放逐されてもなお、教育において彼は恵まれていました。 グリゼル神父という聡明・博識そのものである人物が、家庭教師を請け負ってくれたのです。 グリゼル神父は浮世離れしており、死刑執行人に偏見は持っていませんでした。 また、彼自身が差別される側でもありました。 確かではありませんが、記述を見る限りハンセン病のようです。 シャルル=アンリはグリゼル神父から、キリスト教の教えラテン語、そして歴史を学びました。 彼はとてつもなく優秀な生徒で、教えられる知識を全て吸収していきました。 考えてみてください。 死刑執行人になったとき、あなたは「職務」と割り切ることができるでしょうか? おそらく、ほとんどの人は悩み苦しみ、罪悪感に苛まれることでしょう。 重罪人とは言え、それはやはり人間なのです。 シャルル=アンリは頭が良く、高い感受性を持つ人物でした。 また、敬虔なキリスト教徒でありました。 彼は苦しんで、いつしか死刑廃止を願うようになっていきました。 また、自分たちに向けられる差別に苦しみ、子孫を同じ目に合わせたくないと考えていました。 第一、万が一処刑した罪人が冤罪だったとすれば、無実の人間を殺したことになります。 しかし、それを声高に言える時代ではありません。 死刑執行人にとって、「死刑」は仕事。 つまり、「飯のタネ」です。 その上、 当時の情勢は死刑執行人を必要としていました。 必要とされているから死刑執行しているのに…… シャルル=アンリの気持ちとは、こんな具合だったでしょう。 シャルル=アンリはこういった気持ちを内に秘め、長い年月処刑を執り行っていたのです。 そうした願いは、彼が死ぬまで叶うことはありませんでした。 2つの顔を持つ、シャルル=アンリ・サンソン シャルル=アンリは死刑執行人の他に、もう一つ仕事を持っていました。 一体、それは何だと思いますか? シャルル=アンリの2つ目の仕事は、 死の対局にある生を司るものでした。 つまり、医者ですね。 これは、冥界の王ハデスと太陽神で医療の神アポロンが同一人物であるようなものです ギリシャ神話です。 わかりにくいか……。 相反するように思える2つの仕事ですが、実は密接な関わりがありました。 では、それぞれの仕事に彼はどのように向かい合ったのでしょうか。 死刑執行人として シャルル=アンリはサンソン家の4代目当主であり、ときに「大サンソン」と呼ばれることもあります。 彼は 歴史上2番目に多く、処刑を行ったとされています。 呼び名に「大」が付くのは、彼がサンソン家の中でも知名度が高く、代表的な人物ということなのでしょう。 シャルル=アンリは死刑執行人として、卓越した技術を持っていました。 その技術を今に伝えるのは、とある美形の貴族を斬首したときのエピソードです。 その貴族とは、ラ・バールという名前でした。 20歳前後の若者で、非常にきれいな顔立ちをしていたと言われています。 彼は神聖な像を破壊した罪で、斬首刑を言い渡されていました。 最期の時が近づく中、ラ・バールが気にするのは自身の顔のこと。 美しいといわれた自分の顔が、処刑によって傷付くのが恐ろしいというわけです。 ラ・バールは、死への恐怖心が吹っ飛ぶような、怒涛のナルシストと呼べそうです もちろん、騎士や貴族のプライドがあることも否定しません。 また、彼は自身の無実を信じていました。 通常斬首刑罪人がひざまずき、背後から剣を振り下ろす形で行われていました。 しかし、「無実だ」と主張する彼のこと。 ひざまずく体勢を拒否して、立ったままの状態での斬首を望んでいました。 これは非常に難しい要求でした。 斬首刑とは名誉ある死。 体が動かないように押さえつけることはできませんでした。 斬首刑が許された貴族の尊厳に関わるからです。 しかし、シャルル=アンリは見事その処刑をやってのけました。 ラ・バールの顔に傷を付けず、立ったままの斬首刑を執行したのです。 一説には、ラ・バールは首が切られたことにすら、しばらく気付かなかったとも言われています。 やがて、シャルル=アンリは革命の波に飲み込まれます。 1700年代末期に起こった、歴史の教科書でも取り上げられるフランス革命です。 そのときの フランス国王はルイ16世。 そしてその王妃はマリー・アントワネット。 そう、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言った彼女です これはデマです。 革命によって、ルイ16世とマリー・アントワネットは処刑されました。 そして、彼らに関わった貴族たちもまた、次々に処刑されていったのです。 このときの死刑執行人とは、そう、シャルル=アンリです。 処刑された貴族の中には、先述のデュ・バリー夫人も含まれていました。 デュ・バリー夫人は、あらゆる面で異質でした。 他の者たちが尊厳を持って処刑を受け入れていく中で、彼女だけは命乞いをし、泣き叫んだのです。 この声は、シャルル=アンリの心を揺さぶりました。 「彼女のように泣いて命乞いをするものが多ければ、恐怖政治は早く終わったのに」 そう、シャルル=アンリは後に書き記したと言われています。 医師として 死刑執行人と医師。 それは、人を殺す存在と生かす存在です。 なかなか結び付きませんよね。 しかし、シャルル=アンリのみならず、サンソン家の多くは医師を副業としていました。 当時の医療って、どんなものだと思いますか? 今では考えられないような、でたらめなものも普通の治療法として使われていました。 代表的な例としては、「病気は悪臭によって起こる」というもの。 皆さんも、ペストマスクの絵を見たことがあると思います。 黒づくめで、鳥のくちばしを模したマスクを顔に着けるあれです。 病気は悪臭から起こるのですから、ペストマスクのくちばし先端には、ハーブを詰めていました。 まあ、マスク効果で多少の感染は防げるのかもしれませんが、それでも……といった感じですよね。 こういった事実に反して、サンソン家の医療はしっかりしたものでした。 当時としては発展しており、かなり現代的で現実的な医療技術を誇っていたのです。 通常であれば見放されるような病気ですら治した、という話もあります。 これらの医療知識は、歴代サンソン家当主によって蓄積していたもので、シャルル=アンリの父ジャン=バチストによってまとめられました。 シャルル=アンリ以降のサンソン家は、その知識を使い、医療者として活動したのです。 では、そういった医療知識・人の体に関わる知識はどうやって蓄積していったのでしょうか。 サンソン家の本職は死刑執行人。 そうです。 死刑を執行するためには、人体の知識が必要不可欠だったのです! 人は簡単に死ぬとは言いますが、自分の意思に反することならば、そうそう死ぬこともありません。 いざその時になってみれば、暴れます。 恐怖のあまり身じろぎします。 しかしそうすることによって、執行の際の苦痛は増してしまいます。 考えるだけで、身の毛がよだつような状態ですよね。 なので、シャルル=アンリは速やかに死刑執行を終わらせられるよう心掛けていました。 罪人の恐怖をできるだけ取り除き、一刻も早く全てを終わらせてあげるのです。 ちなみにシャルル=アンリは有名な ギロチンの開発にも関わりました。 ギロチンは身分の境なく、 速やかに平等に首を落とせる道具です。 そのため、 「人道的な処刑道具」と言われていました。 速やかに死刑執行を終わらせる。 それは、人体の「急所」を知ることに繋がります。 サンソン家は、罪人の死体を保管する役割も持っていました。 そこで 死体を解剖し、現実的な医療知識や技術を培っていきました。 シャルル=アンリを含むサンソン家は、こうして得た医療技術を広く還元しました。 老いも若きも、男も女も、身分も問わず治療していったのです。 貧しい人には無償で医療を提供していました。 一度彼らの治療を受けた人は、サンソン家への偏見を亡くし、尊敬の念を抱くようになったと言われています。 ただし、例外もありました。 それは、お金持ちたちです。 お金持ちの治療をする際は、かなりの金額を要求したと言います。 これはサンソン家の大きな収入源となりました。 特にシャルル=アンリの代で収入が激減したことから、この方法は彼が生きるために役立ちました。 このエピソードはブラックジャックを思い起こさせ、個人的に好きなエピソードの一つでもあります。 漫画「イノサン」と現実のシャルル=アンリを対比してみよう 死刑執行人の話は現在でもタブーに近く、聞いていて気持ちの良いものではありませんよね。 しかし、そんな死刑執行人の話を美しく、恐ろしく描いた漫画作品が日本にはあります。 それが、坂本眞一作の 「イノサン」です。 おそらく、この記事をお読みの人は、もう知っているのではないでしょうか。 震える程美しいシャルル=アンリを見て、彼に興味を惹かれた人も少なくないことでしょう。 そこでここでは、「イノサン」と現実のシャルル=アンリやその妹について、対比して考えていきたいと思います。 妹のマリー=ジョゼフは実在したの? 漫画「イノサン」の2人目の主役と言えば、シャルル=アンリの妹であるマリー=ジョゼフです。 ツーブロックの髪型をした、苛烈で男勝りな女性として描かれていました。 何より特徴的なものは、彼女の美しさとその信条です。 マリー=ジョゼフは「貴族を鏖 みなごろし 」にすると心に決め、望んで死刑執行人になりました。 この辺り、「死刑を廃止する」という信条を持つシャルル=アンリとは真逆ですよね。 そんな苛烈な面があったとしても、マリー=ジョゼフは素敵です。 見た目は絶世の美女なのですが、憎たらしい顔をして「サイアク」と言い放つ彼女は、抗いがたい魅力を放っています。 何を隠そう、筆者が一番好きな登場人物でもあります。 では、そんなマリー=ジョゼフは実在したのでしょうか? 結論から言えば、マリー=ジョゼフは実在しました。 そして、いとこのジャン=ルイと結婚していたのも本当です。 美しいマリー=ジョゼフと、「底なし沼」 とんでもなく太った醜い ジャン=ルイとの結婚が描かれた場面は、一種不気味な、不可思議なシーンでしたね。 しかし、マリー=ジョゼフについて分かっているのはここまでです。 彼女の見た目や、性格、暮らしぶりなどを今に伝える資料はありません。 勿論彼女は女性ですから、死刑執行人の職に就いたという訳でもありません。 それでも資料が無いということは、妄想を逞しくさせる材料でもあります。 彼女は本当に苛烈で、非常な美しさを持った女性だったのかもしれません。 なぜならば、カッコいいことが確定しているシャルル=アンリの妹なのですから! シャルル=アンリの死因とは? 漫画「イノサン」を最後まで読んだ人ならば、 美しいままのマリー=ジョゼフと老いたシャルル=アンリが抱き合い、天に召される様子が思い浮かぶかもしれません。 また、読んでいない人であれば、死刑執行人の最期とは悲惨なものだと考えるかもしれませんね。 本人が望むと望まざるとに関わらず、多くの人を殺めたのは事実。 なんとなく悲劇を連想しても不思議ではないでしょう。 しかし意外なことに、シャルル=アンリの最期は普通のものだったようです。 普通に家で息を引き取り、家族によって埋葬されました。 拍子抜けしてしまいましたか? 亡くなったとき、シャルル=アンリは何を考えていたのでしょう。 尊敬していた国王一家のこと? 今まで処刑してきた人たちのこと? それとも、漫画のようにマリー=ジョゼフのことを考えていたのかもしれません。 多くの人を殺めたとは言え、それ自体に彼の責任はありません。 墓地で静かに眠ってくれていると嬉しいですね。 美貌の死刑執行人シャルル=アンリ・サンソン~その妹や死因を含めてご紹介~・まとめ シャルル=アンリ・サンソン。 カッコよくて、頭も良くて、数多くの死刑執行を担当した人物。 とても興味深いですよね。 残っている資料は多くありませんし、本国フランスではいまだにタブー視されているようです。 しかしその背景は、フランスの歴史上重要な人物達に取り巻かれています。 せっかく「イノサン」という面白い漫画の題材になっているのですから、少しでも興味を持っていただけると嬉しいです。

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ギロチン

シャルル アンリ サンソン 死因

歌手・中島美嘉さんとLead・古屋敬多さんのW主演舞台『イノサンmusicale』のフランス・パリ公演中止が14日に発表され、公演1ヶ月を切ってから突然発表されたことで物議を醸しています。 ミュージカル『イノサンmusicale』は、漫画家・坂本眞一さんの作品『イノサン』シリーズが原作で、18世紀のフランスを舞台に、実在した死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンと妹のマリー=ジョセフ・サンソンの人生を描いた内容となっており、脚本を劇作家・横内謙介さん、演出は宮本亜門さんが担当し、舞台の主題歌はミュージシャン・MIYAVIさんが手掛けています。 キャストは中島美嘉さん、3人組ダンス&ボーカルユニット『Lead』の古屋敬多さんのほか、磯部勉さん、浅野ゆう子さん、前山剛久さん、梶裕貴さん、武田航平さん、小南満佑子さん、荒牧慶彦さん、多和田任益さん、Lead・鍵本輝さん、貴城けいさん、佐々木崇さん、林明寛さん、太田基裕さん等となっています。 『スポーツ報知』はトラブルの裏側について、 「スケジュールの調整ミスや演出に関する連絡不足などで製作サイドに対してキャスト・スタッフ側からの不満が相次ぎ、東京公演後に数人の出演者が降板を申し出ていた」と伝え、ファンからもDVD注文時の不備続出に対して不満の声が上がっていたといいます。 一方の『スポーツニッポン』はパリ公演中止理由について、 「舞台を取り仕切った女性プロデューサーと出演者に軋轢(あつれき)が生じたことが主な原因」と伝えています。 『イノサンmusicale』のスタッフによれば、 女性プロデューサーは脚本・演出の方針を一本化することに難航していたといい、そのため昨年11月の東京公演前に出演者の1人が 「この内容では、パリで公演するのは難しい」と申し出たそうですが、 改善される兆しが無かったとのことです。 そして、 12月10日に東京公演が終了後に武田航平さんが降板、パリ公演に出演しないことが決まり、武田さんが演じていたアラン・ベルナール役は梶裕貴さんとのWキャストとなっており、 武田さんの代役を立てることができなかったため、公演を維持することができなくなってしまったとのことです。 東京公演が終了後の稽古では、宮本亜門さんに代わって女性プロデューサーが統括していたそうですが、 「その間に稽古の日程管理や脚本がメチャクチャになったと聞く」と演劇関係者が語っています。 さらにスタッフは、 「女性プロデューサーが一部俳優に対し『仏公演にマネジャーは連れて行けない。 行くなら実費で』と言いだし衝突を招いたようだ」と舞台裏を明かしています。 女性プロデューサー側の関係者は、キャストとの間で軋轢が生じていたことは認めつつも、 「演出や内容への要望は受けたが、プロデューサーとしては可能な限り応える努力はしたという認識」と説明しており、「仏公演にマネジャーは連れて行けない。 行くなら実費で」という発言についても、 「確かにご遠慮願った方もいるが、限られた予算内での判断」と主張しています。 スポーツ紙はこのようにパリ公演中止の理由、裏側を報じており、主催者側はJTBオフィシャルツアーの申込者に対しては、全額返金することを発表しているほか、DVDに関しても注文キャンセルの受付を今後始めるともしているのですが、あまりにも突然のパリ公演中止発表に対してネット上では、• スタッフもキャストも豪華なのに運営がダメダメで中止、もったいないなー。 なにやってるんだろ• 要するに、このプロデューサーは周りを巻き込む情熱は有ったけど、それを履行する為の理念や、能力に欠けていたという事でしょうかね?• NHKのドラマでも、なぜか局員が演出や脚本に口出しして現場が荒れたとかあったけれど、この作品でもプロデュースと演出は必要な能力が違うのだから、やはり現場は荒れると思う。 何事も「餅は餅屋」がベストですよ。 背伸びしてパリ公演にしたのもいけなかったんじゃないかなあ。 この騒動でパリ公演の舞台があって主演は中島美嘉って知ったし、宣伝が足りなかったと思う。 そしてこれで名前が出てない運営側は責められず、名前が出てる出演者や原作者が責められるんでしょ?可哀想だ。 出演陣や原作者が可哀想。 記事が本当ならほとんど運営のミスのオンパレードじゃん。 劇自体の評判もイマイチみたいだし• 現地集合プランだった方のことを考えたらこのタイミングでの発表はあまりに遅く、全額返金の渡航込みプランの方よりもキャンセル代など足が出てしまいかわいそう ファンの問い合わせに対して、現地の劇場がキャンセルだと言う方が早かったことがさらに事態を悪化させましたね• マネージャーを帯同させないとか、そういうことは出演交渉する段階でその条件でいいというなら仕方ないが、後付けで言われたらそりゃ話が違うよってなるよ。 マネージャーを帯同させなくてもいいという俳優はいくらでもいるし、帯同させる予算がないなら初めからそういう俳優をキャスティングするべき。 後から言われたら絶対揉める。 などのコメントが寄せられています。 舞台の企画・運営を担当している主催者『Jnapi L. 』は、『めざましテレビ』(フジテレビ系)の取材に対して、パリ公演の中止理由については、 「フランスのデモやストライキによって、キャストやスタッフに危険が及ぶことを考慮した」「デモ等でスケジュールが押し、フランス国内でのチケット販売が出来なくなった」「パリの劇場には昨年12月30日に中止の可能性があると連絡し、1月8日に中止が決定した」などと説明し、公演中止発表まで1週間近くかかったことについては、関係者等に一斉連絡する方法を協議していたからとしています。 また、パリへの渡航費についてですが、JTBオフィシャルツアーの申込者だけでなく、 個人で航空券などの手配を行った方についても、主催者側に連絡をしてもらえれば個別に対応していくことも明らかにしています。 なお、劇場側の説明によると、特に理由説明もなく公演の中止が主催者側から伝えられたといいます。 (Twitter) 『イノサンmusicale』のパリ公演中止決定については、公式発表前にファンが劇場の公演情報の確認、さらに直接問い合わせをしたことで判明したもので、約1週間前からネット上では物議を醸していました。 主催者側の対応が後手後手に回っていたことも大きな騒動に発展した要因になっており、キャストたちもそれぞれのSNS上などで、ファンに謝罪しているのですが、舞台の主催者でプロデューサーとして名を連ねていた原葵さんという方は、昨年11月からツイッターの更新をストップしています。 この女性プロデューサーは、昨年11月24日の更新でパリ公演について、 「わたしのなかでイノサンはロックで、だからこそMIYAVIさんとのコラボという形になりましたし、パリ公演もそう 限りなくロックな心で考え決めました。 そしてイノサンにかかわる先生方も出会ったら皆とてもロック…!!痺れるほどカッコいいオトナチームで、あぁイノサンは持ってるんだなと感じています」などとツイートしていました。

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