札沼線 廃止。 札沼線末端区間廃止まであと1ヶ月、最後は全車指定席で運行 | akkiの鉄道旅行記

廃線探索 札沼線廃止区間(歩鉄の達人)

札沼線 廃止

もくじ• 5 kmを結ぶ路線です。 かつては札幌圏と留萌本線の石狩沼田駅を結んでおり、その一字を取って「札沼線」と名付けられました。 1931(昭和6)年に留萌本線の石狩沼田〜新十津川(当時は中徳富駅)が札沼北線として開業。 1934(昭和9)年に浦臼まで延伸されます。 翌年1935(昭和10)年に石狩当別〜浦臼間が開業して全通しました。 その後、石狩沼田~新十津川間は大幅な赤字区間となり、1972(昭和47)年6月19日に廃止。 新十津川駅を終着駅とする行き止まり線になりました。 沿線は連日多くの鉄道ファンで賑わっており、関連商品も発売されるなど、ちょっとした経済効果が表れているようです。 新十津川駅 新十津川駅は札沼線の中間駅として1931(昭和6)年10月10日に開業しました。 この地域は奈良県・十津川村からの入植者が多く「新十津川」と名付けられました。 おもに通勤・通学の手段として利用されていましたが、2016(平成28)年3月26日のダイヤ改正により、新十津川~浦臼間が1往復のみの運行となりました。 最終列車が午前中に発車することから「日本一最終列車が早い駅」として有名になり、多くの鉄道ファンなどが訪れています。 まずは駅に近い「しんとつかわ駅市」に伺いました。 新十津川町観光協会が運営し、地元の名産品のほかに札沼線関連グッズが多数販売されています。 一番人気は「終着駅まんじゅう」です。 「夕暮れの新十津川駅の包み紙がレア」と評判になり、売れ行きが向上しているそうです。 クルマの方が便利であり、函館本線滝川駅まで近いため、札沼線廃止による不便は感じていないと言います。 保育園などで子どもたちの乗車体験が実施されることはあるものの、生活利用はほとんどないようです。 「新十津川駅にはトイレもない。 それではせっかく来た観光客に申し訳ない」との有志の発想から出発し、現在は地元の社交場になっています。 最初は飲み物だけを提供していましたが、お客さんの要望を受けてカレーライスやソバなども提供。 さらに近年では鉄道ファンを見込んだ業者からの委託を受けて、鉄道グッズも販売しています。 「本州からわざわざ買いに来る人もいるんですよ」と女性店主。 しかし「廃線後もグッズ販売を続けるかどうかは、まだ決めていない」とのことです。 札沼線関連以外にも貴重な鉄道グッズが販売されているので、ぜひ足を運んでください。 寺子屋愛光 営業時間:9時30分~12時、14時30分~17時(変動あり) 定休日:月・水曜日(変動あり) 下徳富駅(しもとっぷ) 1934(昭和9)年10月10日に開業。 ホームは一面のみですが、1976年頃までは島式ホーム1面2線を有し、交換設備が設置されていたほか、駅舎横の札幌方に貨物ホームがありました。 現在も貨物ホームの形跡が確認できます。 南下徳富駅(みなみしもとっぷ) 1956(昭和31)年11月16日に開業。 かつては木造駅舎を有していましたが、現在はホームだけとなっています。 周辺は田畑が広がる牧歌的な風景が広がっています。 於札内駅(おさつない) 1959(昭和34)年12月1日に仮乗降場として設置されました。 田畑の中にあります。 鶴沼駅(つるぬま) 1956(昭和31)年11月16日に開業。 鶴沼公園やいこいの森公園には遠く、観光での利用は向いていません。 廃止区間のほとんどに思い出を綴るノートが設置されています。 また駅前から滝川行のバスが数本出ており、バスターミナルのような雰囲気です。 浦臼~石狩当別間は1日6往復あるものの利便性は低く、地元の商店主によると「役場の職員が札幌に廃止反対の陳情に行った際に、札沼線ではなくクルマで出かけた」という逸話(都市伝説?)が残されています。 札的駅(さってき) 1960(昭和35)年9月1日に開業。 コンクリート製のホームと駅舎があるものの、周辺の人口密度は低く、あまり利用されていないようです。 晩生内駅(おそきない) 1935(昭和10)年10月3日に開業。 難読駅名としても知られています。 1979(昭和54)年に貨物・荷物の扱いが廃止になると同時に簡易委託駅となり、その後、無人駅となりました。 晩生内駅と同じく、貨物・荷物の扱いが廃止されると同時に簡易委託駅となり、その後、無人駅となりました。 駅前には何かの会社の社屋と薬局があります。 豊ヶ岡駅(とよがおか) 1960(昭和35)年9月10日に開業。 砂利道を進んだ農耕地にあり、ホームから少し離れた場所に木製の待合室が設置されています。 札沼線随一の秘境駅と呼べるでしょう。 石狩月形駅(いしかりつきがた) 1935(昭和10)年10月3日に開業。 月形町の中心地にあり、石狩当別駅の駅員が交代で業務を行う有人駅です。 非電化区間では唯一列車交換が可能であり、貨物のヤードが保線車用側線として残されています。 駅前から岩見沢バスターミナル行きのバスが運行しています。 知来乙駅(ちらいおつ) 1958(昭和33)年7月1日に開業。 ホームの近くに待合室が設置されています。 月ヶ岡駅(つきがおか) 1958(昭和33)年7月1日に開業。 駅周辺は駐車場になっており、ドライブの休憩所に利用されています。 木造駅舎の有人駅で貨物の取り扱いもありましたが、現在は廃車となった緩急車(車掌車)が待合室として利用されています。 北海道医療大学駅(ほっかいどういりょうだいがく) 1981(昭和56)年12月1日に「大学前仮乗降場」として開業しました。 1995(平成7)年3月16日に北海道医療大学駅に改称されています。 今回紹介した区間が2020年5月7日に廃止されるため、それ以降は終着駅になる予定です。 札幌近郊で住民の増える電化区間とほとんどの住民が必要性を感じていない非電化区間という印象を受けました。 札沼線は極端さが浮き彫りになる不思議な路線でした。

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鉄道ニュース週報(222) JR札沼線、廃止目前の運行最終日繰上げ

札沼線 廃止

札沼線(学園都市線)の噂 [ ]• が電化された今、非電化区間では最大の輸送人員を誇る路線。 武豊線の方が最大のような。 最近の原油高騰で電化を検討し始めていると言う話も…。 そうなったら石狩当別から快速エアポートが走りそう。 2012年から本当に走っている。 但し、石狩当別発の始発列車と深夜着の1往復に限る。 ついに医療大までの電化が決定。 石狩金沢以遠はどうなるのか…。 1位、2位、3位札沼線• ついでに武豊線も電化決定。 キングオブ非電化路線は香椎線で決定の模様。 広島のは何位くらいでしょうか? 完全に東京への通勤路線になってる常総線も。 朝のラッシュ時は5分間隔• 客車にエンジンを付けた車両が主役。 キハ201系は、思いの外そんなに走ってない。 PDCとも言われるキハ141系が主力。 エンジンのついていない車両もあるらしいのだが、両隣のエンジン音がうるさ過ぎて乗っていてもわからない。 何しろ一両あたり500馬力の車両もあるから相当うるさそう。 700馬力前後の一部特急よりはマシ• キハ201にいたっては900馬力。 キハ201系は、朝はにいるらしいので、朝ラッシュはほぼ全てニドアセミクロスのPDCやキハ40系だったそうだ。 桑園~北海道医療大学間の列車が全て電車化されたので気動車は過去のモノになりました。 地図を見てると、一部区間廃止前のに似ている。 都道府県中心駅の隣の駅で主要幹線から分岐して、住宅密集地から過疎地を目指す。 南側は頻繁運転だが北に行くほど本数が減る。 終点は他線と接続しない。 でも、新十津川駅~滝川駅はその気になれば歩ける距離。 ・・・じゃあ何で存続させてんだろ?月形から北は廃止しても影響も少ない気が。 小学生一名のために駅を残す会社ですから…• 事実上の実験線として残してあると言う説も。 川を挟んで別路線と並行してるのも可部線と似てるよな。 どうせなら新十津川駅と滝川駅間を線路で繋げればいいのに。 間の川をまたぐ橋をかける金がない。 土地もない…今や踏切の新設は実質禁止である。 可部線との相違点は、やはり一部の廃線区間を復活させられないところにある。 非冷房車も健在。 デッキ付き車も健在。 朝のラッシュでも2ドア車しか来ません降りれません。 石狩当別~新十津川間キハ40非冷房車の扇風機には国鉄時代のJNRマークが付いている。 殺傷線(札沼線)・・・。 または、擦傷線。 早いはなし、すり傷の線• 札幌近郊の他路線ではあまり聞かないような車内アナウンスがある。 アナウンス例1「(6両編成のうち)1・2両目には冷房の設備がありません。 周りの方とよくご相談のうえ、窓を開けるか送風ファンのスイッチを入れてください。 アナウンス例2「この列車の連結部には運転席がありますが、運転機器に触れると運行に支障をきたす恐れがありますので、ロープをはずして運転席に立ち入るのは絶対にお止めください。 電車化してからはこのアナウンスは完全に聞くことはなくなった。 「札沼線」と札幌人や沿線住民に聞いても全く通じない。 一般人にとっては「学園都市線」で通用していて、札沼線という名称を使うのは一部の鉄道マニアだけのようだ。 ド田舎ローカル線時代の沿線出身者だと「札沼線」の方がわかるようだが…。 帰宅在住の知り合いはメールに「ガクト線」と表記してた。 Gackt線? 新十津川まで「学園都市線」らしい。 北海道医療大学までの通称名だと思ってた。 ただし末端区間は 通学に使えない(始発が10時近く! あのダイヤで沿線住民が使うとは到底思えないレベル• と思いきや、 札幌から見て 石狩月形までなら沿線住民と思わしき乗客がいる事もある。 良くて浦臼までで、その先は見たことない。 関西の人は、「こんなところにもあったんか~」と勘違いするが、は学研都市線• 関西から来たが今ここをみるまで気がつかなかった。 関西で「学園都市」は「線」じゃなくて「駅」@神戸• 向こうの学研都市線もかつては途中までは電化区間でその先は非電化、本数の多い電化区間と比べて非電化区間はローカル線という今のこの線と同じような状態だった。 更に言えば正式の路線名が一部区間廃止により名は体を表さなくなったという点も同じ。 開業当初は、建設に尽力した政治家の名前から「東武(あずまたけし)鉄道」と呼ばれていたらしいが、現在のとは何ら関係無い。 なお、その当時すでに現在の東武鉄道は存在していた。 2015年度の輸送密度は、桑園 - 北海道医療大学間が17,359、北海道医療大学 - 新十津川間が79。 営業係数ならほぼ逆かもしれんww• 2015年度の営業係数は桑園 - 北海道医療大学間が105、北海道医療大学 - 新十津川間が2,213である。 実は空知総合振興局管内最後の本線のつかない路線。 待て、を忘れるな!• 石勝線は特急街道で高規格路線だからほぼ本線みたいなもんでしょ。 区間別の噂 [ ] 桑園~北海道医療大学間 [ ]• 金をケチって桑園~八軒間を単線にしたため本数はこれ以上増えない。 バカすぎるとしか言いようがない。 増やそうと思えば増やす余裕はある。 そのための桑園駅• 桑園駅はあまり関係ない。 札幌-八軒が単線のため。 道路特定財源を高架化に使ったため「高架化後の線路は高架化前と同じでなくてはいけない」と言うことを札幌市側から言われてるらしい。 増便は札幌駅に余裕がないから無理という話もよく聞く。 「11番線作らないと~」とか。 いや、どのみち高架を敷く土地がないから無理らしい。 それなら高架を2階建てにすればいいだろ• 09年5月についに札幌近郊は電化決定。 まずは桑園~あいの里公園間の電化に着手。 将来的には北海道医療大学までの電化も検討。 ディーゼル車の老朽化や騒音、燃料費などの問題に耐え切れなかった模様。 せっかくキハ201を造ったのに馬鹿みたいである。 いくらでも転用先あるから大丈夫。 そのキハ201数編成分の値段で電化できるから電化決めたらしい。 電化後はキハ201系の電車版ともいえる731系でも使うのだろうか。 731系も乗り入れます。 (他にも733系・735系・721系が乗り入れ)• その時には、711系も使われた。 あいの里公園まで電化したら、当別・医療大発着便だけディーゼル…とかいう状態になるのか?• ついに桑園~北海道医療大学間電化正式決定。 平成24年春開業予定。 変電所は「篠路」におかれるとのこと。 2012年6月電化。 すでに架線は完成している。 桑園~北海道医療大学まで電化された後は札幌~新十津川の直通便は廃止になる模様。 石狩当別での乗換が必須となる。 2012年10月で桑園~北海道医療大学間は全便が電化されるが、なんと早朝と深夜に石狩当別~新千歳空港間の快速エアポートが新設される事になった。 とは言え石狩当別~札幌間は各駅停車、札幌から快速運転となる。 先に札幌駅を出ているのに後発の手稲行普通電車に桑園駅手前で抜かれるのはなぜ?• 多分信号の影響。 篠路駅周辺は再開発が行われ、高架化される。 新琴似駅が地下鉄南北線にちょっと近いため、そこで乗降する利用客も多い。 1074m• 札幌市内の駅は、駅名と住所が一致している。 住所に合わせて駅名を改称や新設したため。 北海道医療大学~新十津川間 [ ]• 北海道医療大学駅を境に列車の本数が激減する。 新十津川まで一日3往復。 2012年4月に乗ったが、石狩月形以北は乗客は私一人だけだった。 新十津川発着はよく鉄ちゃんが乗り潰しで乗っているのだが、途中の浦臼や石狩月形発着は彼らから殆ど見向きもされない。 16年3月のダイヤ改正で新十津川発着を1往復にすることが検討されているという報道があった。 新十津川からの日帰り往復が不可能になったので、通学生を含めて地元住民の利用はほぼ皆無になるでしょう。 廃止のプレリュードか?• ついに1往復になった。 そしてJR北海道のこれを見ても、廃止対象になるのは確実。 なお、浦臼からは並行するバスが既に日3 4往復くらいある。 しかも滝川駅まで直通する。 2020年度をもって廃止の方針に。 これには当該区間の各自治体も渋々受け入れた。 廃止時期は5月。 3月だとまだ寒くてイベントがしにくいかららしい。 石狩当別以北は戦時休止となったが、全線復旧は意外に遅く1956年。 しかもモータリゼーションのせいで新十津川以北は1972年に再び廃止。 もっと早く全線復旧していたら…。 といっても結局は同じか。 新十津川以南を存続させただけでもすごいと思う。 新十津川駅は、構内こそひなびたローカル線終着駅の雰囲気が漂っているが、駅周辺は普通の住宅地で、おまけに駅前には空知中央病院も建っている。 さながら実物大の鉄道ジオラマである。 新十津川~石狩沼田間 [ ]• 札沼線の「沼」は石狩沼田を指す。 北海道中央バスだと滝川駅から碧水市街 碧水駅 まで行けるが、そこから先石狩沼田までは沼田町営バスに乗り換えないといけない。 北海道中央バスは一日四本あるが、沼田町営バスは平日のみニ本しかない。 2017年3月31日限りで、沼田町営バス線廃止。 ただし、町営の予約制バス利用対象になっているので、今のところ予約すれば乗れる。 もちろん平日のみで、年末年始は平日でも運休。 予約制バスも2018年5月31日限りで廃止された。 代わって乗合タクシーが設けられたが、地元客前提の登録制になっている(その代わり、タクシー会社に業務委託したことで休日も利用可能になった)。 北竜駅は北竜町ではなく沼田町にあった。 実は白糠線の上茶路~北進間開業はこの区間の廃止後。 かりに存続していたら、「真田丸」に便乗できたかもしれない(「沼田」だから)。 石狩沼田駅前のバス停で、真田丸の絵が展示されていました(真田昌幸と吉野太夫)。 何でも、廃止しないのなら、向こう5年間の運行費の3分の1を地元と北海道が負担し、6年以降は全額負担せよ、と命令されたらしい。 廃止合意ならば、一キロあたり最高三百万円の特別交付金を支給することになってもいたという。 「無敵王トライゼノン」放映の時まで存続していたら、雨竜駅への観光客も増えていたのではなかろうか。 BLEACHも。

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札沼線(学園都市線)廃止最新情報まとめ

札沼線 廃止

スポンサーリンク 札沼線末端区間廃止まであと1ヶ月を切りました。 (中略) JRは最終運行に関する案を沿線の空知管内の月形町、浦臼町、新十津川町、石狩管内当別町に伝えており、感染拡大などの状況を踏まえた上で、最終運行日を近く判断する。 連休中は鉄道ファンが沿線駅に車で駆け付け、列車を撮影したり、駅舎に集まったりすることも予想され、JRは全席指定にするだけでは、感染拡大を防ぐことは困難とみて、最終運行日前倒しの検討に入った。 また、最終列車の乗客を4町民限定にすることで、長年愛されてきた列車を地元住民だけで静かに見送ることにし、列車内の混雑を緩和したい考えだ。 これが廃止日繰り上げの背景にあるのでしょう。 もっとも最終列車を4町民限定にしても、熱心な鉄道ファンは住民票を移してでも乗りに来るかもしれませんね。 また、撮り鉄はそもそも列車には乗らず撮影地まで車で行ってしまうので、撮影地を封鎖することも検討すべきでしょう。 以降の列車は休止扱いとなります。 なお、4町民限定のラストラン運行も中止となります。 悪質なクレーマーや葬式鉄が… 最も、廃止日を繰り上げたいのはコロナウイルスの影響だけではないようで。 葬式鉄だけではなく、どうも最近になり悪質なクレーマーも出没するようになったのも一因ではないか?と考えています もっと言うと、車両の方向幕やサボなどについても盗難される可能性があります。 そういうものを盗んで一体どうしたいのか、筆者は理解に苦しみますが… 当然ですが、窃盗は犯罪です。 絶対にしないで下さい! 悪質な者には断固たる措置を! いい加減に迷惑をかけ、運行妨害や危険行為に走る鉄オタには鉄道会社も断固たる措置をとるべきではないでしょうか?• 「鉄道営業法」では、鉄道の敷地内にみだりに立ち入る行為を禁止しています。 違反した場合、 1万円以下の過料を科されます。 列車の往来の危険を生じさせる行為とみなされた場合、「往来危険罪」が適用される可能性もあります。 違反した場合は 2年以上の懲役刑が科されます。 ( 最高で20年、他にも罪を犯している場合は最高で30年になる可能性がある)• 線路内に立ち入ったことで列車を止めたり、駅員の業務を妨害したとみなされた場合、「威力業務妨害罪」(に該当し、 5年以下の懲役または100万円以下の罰金 が科されます。 刑事告発だけではなく、 列車の運行を妨害したことで生じた振替輸送費用や乗客に対して払い戻した運賃などの損害に対する 多額の賠償請求もセットで行えばなお宜しいですね。 最後に 運転士の言葉をあえて再掲させていただきます。 「 列車は写真撮影・動画撮影・音声録音のために走っているものではありません。 今ご自身がなされている行為は家族・知人・友人の前で胸を張って言える行為でしょうか?今一度お考え直し下さい」.

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