甲 本 ヒロト 現在。 ヒロトとマーシーの原点 THE BLUE HEARTSのオススメ曲

甲本雅裕

甲 本 ヒロト 現在

THE BLUE HEARTS もうね名前は知らなくても、知ってる!聞いたことある!って曲はたくさんあるであろうバンド「THE BLUE HEARTS」。 通称、ブルハ。 そんな彼らについて語っていきたいと思う。 クソッタレの世界のため。 甲本ヒロト 1963年3月17日生まれ 本名 甲本浩人(読み方同じ) 愛称はヒロト。 ラウンドアバウト、ザ・コーツを経て、1985年に真島昌利らと「THE BLUE HEARTS」結成。 ブルーハーツの代表曲である「キスしてほしい」や、「人にやさしく」は、ザ・コーツ時代、すでに演奏されていた曲である。 ギターの真島昌利とは、この時から30年以上、同じバンドに在籍しており、今でもプライベートでの付き合いもある。 ブルーハーツ結成直後に、真島昌利を怒らせてしまい、彼からの信頼を取り戻すために、「リンダ リンダ」、「ブルーハーツのテーマ」を作った逸話は有名である。 また彼の実兄は、「踊る大捜査線シリーズ」や、朝ドラ「カーネーション」などに出演経験のある、俳優の「甲本雅裕」。 現在は真島昌利らと共に「ザ・クロマニヨンズ」として活動。 真島昌利 1962年2月20日生まれ 本名 真島昌利(読み方同じ) 愛称はマーシー。 高校卒業後「THE BREAKERS」を結成。 5年間の活動ののちに解散して、甲本ヒロトらと共に「THE BLUE HEARTS」結成。 彼のトレードマークと言えばバンダナ。 森田まさのりの漫画「ろくでなしブルース」に登場する、彼そっくりの高校生「海老原昌利」は、額の傷を隠すためにバンダナを巻いているが、本人はイギリスのバンド「ザ・ローリング・ストーンズ」のギタリスト「キース・リチャード」の影響で、バンダナを巻き始めたと語っている。 また、演奏中に汗が垂れて、目に入らないためとも語っている。 現在は甲本ヒロトらと共に「ザ・クロマニヨンズ」として活動。 河口純之助 1961年4月26日生まれ 本名 河口宏之(かわぐちひろゆき) 愛称は河ちゃん。 「ミサイルズ」、「ウォールズ・アイスクリーム」というバンドを経て、当初「THE BLUE HEARTS」には、マネージャーとして参加するハズだったが、直後にベースが辞めてしまったために、臨時でベースを弾く事となり、そのまま正式メンバーとして加入。 1991年に「幸福の科学」に入信。 ブルーハーツ解散後は、様々なバンドのプロデュース業と並行して、幸福の科学の政党「幸福実現党」で、宣伝局長代理を務める。 2009年には、同党より比例東京ブロックから立候補するも、落選している。 梶原徹也 1963年9月26日生まれ 本名 梶原徹也(読み方同じ) 愛称は梶くん。 ライブハウスで、もぎりのアルバイトをしている時に、「THE BLUE HEARTS」と出会う。 その後ドラマの脱退を受けて、オーデションで正式メンバーとなる。 彼のトレードマークであるモヒカン頭は、20歳の頃からであるが、現在は普通の短髪となっている。 ブルーハーツ解散後は、バンド「The 3peace」や、大塚愛のバックバンド、また「THE BIG HIP」を経て、現在は「THUNDERBEAT」という、ソロユニットで活動している。 大塚愛のバックバンド時代の彼は、「さくらんぼ」や、「Happy Days」などで見る事が出来る。 結成からデビューまで それぞれのバンドで、脱退や解散を繰り返していた頃に、真島昌利が本気でバンド結成を考えるようになり、1985に「THE BLUE HEARTS」を結成。 当初のメンバーはVo. 甲本ヒロト、G. 真島昌利 、B. 望月正水、Dr. 英竜介の4人。 何度かのメンバーチェンジを繰り返したのち、Vo. 甲本ヒロト、G. 真島昌利、B. 河口純之助、Dr. 梶原徹也の4人で固まる。 念願のデビュー 1987年に、自主制作盤「人にやさしく」をリリースし、同年「メルダック」より、シングル「リンダ・リンダ」で、念願のメジャーデビュー。 さらに同月、アルバム「THE BLUE HEARTS」をリリース。 この頃より人気は全国区となり、第二次バンドブームの先駆者となる。 ブレイクから解散まで 1988年に同時リリースした、シングルTRAIN—TRAINとアルバムTRAIN—TRAINが共にヒット。 シングル「TRAIN-TRAIN」は、日本テレビ系列で放送されたドラマ、「はいすくーる落書き」の主題歌にも起用された。 その後も「青空」「情熱の薔薇」などヒット曲を連発。 一躍音楽シーンのトップに上り詰めた。 解散を発表 4枚目のアルバム以降、売り上げが伸び悩み、1995年、メンバーの話し合いにより解散を決意。 NHK—FM「ミュージアムスクエア」に出演した際に、「今後の予定は?」と聞かれて、「解散です」と、突然の解散を発表。 しかしすでに、ファンクラブの会報では、同番組に出演予定と共に、「放送内で解散宣言します」と書かれていた。 しかし、あとでまた再結成というのも恥ずかしいから、ひとまず「活動休止」としたが、それぞれが別バンドや、ソロで活動中に結局、解散を最終決定とした。 THE BLUE HEARTSオススメBEST 5 ここでは数ある名曲の中から、断腸の思いで5曲に絞って、勝手にオススメ! リンダ リンダ.

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甲本ヒロトの趣味を徹底解説!バイク・アニメ・昆虫採集・スポーツetcについて

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甲本ヒロトさんの性格、というよりもライブなどで見せるそのパフォーマンスだけを見ると、まさに自身の完成を全開放するような開放感のあるものとなっています。 服は全部脱ぐ、鼻はほじる、そして飛び跳ねまくる。 ここだけのパフォーマンスを見ると、変人的だとロックなどを知らない方々からすると思われると思います。 しかしこの変人的ともいえる行動が、特に若者の本当はこうしたいという鬱屈した感情に非常に突き刺さり、そして多くの若者の心に響くことになったのだと思います。 また、この事からも非常に感性が自由な方でもあると思います。 しがらみもなく、ひたすらに好きな事をする。 すごく羨ましいなと感じてしまいました! 甲本ヒロトの弟、甲本雅裕さんは結婚されているのか? そんな素晴らしい役者としての実力を持った甲本雅裕さんですが、気になることとして結婚はされているのでしょうか? 調べてみたところ、甲本雅裕さんは一般人の方と結婚をされているようで、奥さんの名前や外見などの詳細に関しては、やはり一般人ということで、詳細なものは見つけることが出来ませんでした。 そして甲本雅裕さんには現在中学生になっている娘さんがいらっしゃるようで、誕生日になるとお互いにケーキを作り合ったり、仕事に関する相談も奥さんにではなく娘さんにするようで、ものすごく仲が良いことが分かるかと思います! 娘さんと仲が良いというのはすごく幸せそうな家族で、うらやましい限りですね! 甲本ヒロト、甲本雅裕兄弟に韓国人疑惑!? 噂の真相は?

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甲本ヒロトの学歴|出身大学高校や中学校の偏差値や経歴

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岡山大学教育学部附属小学校 岡山大学教育学部附属中学校 岡山県立岡山操山高等学校 法政大学経済学部経済学科 中退 これを見ると分かるように、ヒロトってめちゃくちゃ頭が良いんですよ。 特にブルーハーツ時代は暴れ回るわ、舌を出して体を揺らして歌うわで、知らない人が見たらちょっとおかしい人に見られがちですが、本当は頭脳明晰。 ちなみに出身小学校の「岡山大学教育学部附属小学校」は、なんと小学校で既に受験がある学校。 当時も受験があったか定かではないですが、大半の子供は学区域の小学校に行くところを、国立大学付属の小学校に行ってる時点で普通の子供ではないですね 笑 そして高校の「岡山操山高等学校」は偏差値「65」。 普通の人はとても入れないような、いわば進学校です。 船木さんは僕と同じ秋田出身という情報も一応付け加えておきます 笑 音楽経歴 ヒロトはもともと全く音楽に関心を示さないどころか、むしろ軽蔑しているほど。 そんなヒロトが音楽にのめり込むきっかけになったのがイギリスのビートバンド、「マン・フレッドマン」の「Do Wah Diddy Diddy ドゥ・ワー・ディディ・ディディ 」を聴いたのが始まり。 ラジオから流れて来たこの曲に心を打たれたヒロトは、涙を流し、畳をかきむしりました。 以来ヒロトはロックンロールにドップリと浸かっていくのです。 ちなみに後年、ブルーハーツ解散後に一時期結成していた「THE HOUSTONS」ではヒロト訳詞で「Do Wah Diddy Diddy」の日本語カバーを歌っています。 このへんの音楽出会い話については、最後の方にある本のコーナーでも紹介しますが、「ロックンロールが降ってきた日」で詳しく書かれていますよ。 そんなヒロトが初めてバンドを組むのが高校3年生のとき。 のちに「THE COATS」を共に結成する盟友・亀山哲彦さん 通称キャプテン に誘われ「ラウンド・アバウト」へボーカルとして加入します。 高校卒業後、ラウンドアバウトのメンバーで揃って上京するも、1982年に解散。 その後、モッズバンド「THE COATS」を結成します。 当時東京ではモッズシーンというバンドムーブメントが盛り上がっており、多数のモッズバンドがしのぎを削っていました。 モッズについてはまた詳しく別記事で解説しますが、このモッズシーンでひときわ存在感を放っていたバンドこそが、マーシーが在籍していた「THE BREAKERS」なのです。 「THE COATS」もモッズシーンで活動していたものの、活動期間が短くすぐ解散してしまったため、当時のシーンではあまり目立った存在ではなかったようでした。 ちなみに現・コレクターズの加藤ひさしさんは「THE BIKE」としてモッズシーンで活動しており、モッズの潮流を汲んだまま「ザ・コレクターズ」を結成してます。 ちなみに加藤さんはことで有名 この後の話は有名なところで、ヒロトもマーシーも各々のバンドが解散し、これからどうしようかという状態に。 そしてヒロトが住んでいた笹塚の工場跡 たしかバトミントン用具を作る工場だったはず にバンドマンが集まり勝手に住み始め、マーシーと出会いブルーハーツを結成することになるのです。 この後の流れはこちらの記事で書いてますので、さらに詳しく知りたいかたはどうぞ。 天才論については詳しくは以下の記事で解説しています。 甲本ヒロトの歌い方 ヒロトの声と言えば、どんなサウンドにも埋もれない圧倒的な存在感のある声が魅力ですよね。 そしてシンプルに万人に受け入れられるような聴きやすい声でもあります。 ヒロト・マーシーがそれぞれ作曲し、基本的にヒロトが歌うというのが彼らのバンドスタイル。 個人的にマーシーの世間的知名度が低いのが悲しいですし、マーシーの圧倒的な作曲・文学的センスがたまらなく大好きです。 しかしながらブルーハーツがロックシーンの頂点まで行ったのは、ヒロトの声があったからというのは否定できないところですね。 ヒロトの声はそれだけ唯一無二の素晴らしい声ということができます。 甲本ヒロトのファッション ヒロトの服装はいつ見てもカッコイイですよね。 基本的には「革ジャン・ブーツ・ロックTシャツ」など、いかにもロックミュージシャンらしいロックアイコン的な物を好んで使用しています。 同じものが欲しいと思うのがファンの常ですが、いかんせんヒロトは日本を代表するロックミュージシャン。 甲本ヒロトの機材 ボーカリストなので、マーシーみたいにたくさん機材は持っていないです。 しかしブルーハーツ・ハイロウズ時代は曲によってアコギを弾いてましたし、なにより日本随一のブルースハープ奏者なので、ブルースハープは豊富。 ヒロトは「加えた時の味がいい 笑 」ということで、ドイツの老舗メーカー、ホーナーのスペシャル20というブルースハープを愛用しています。 ブルースハープについては詳しくはこちらの記事で解説してますので、参考にどうぞ。 ギターなどのその他機材についても、別の記事でまとめています。 甲本ヒロトに関係する本 この記事をここまで読んでいただいてる方は、ヒロトが大好きでしょうから、本も読みたいはず 笑 しかしながらヒロト自身が書いた本って無いんですよね。 テレビにも出たがらなかったり、商業的なことが嫌いなので、たぶん今後も本を出すことはないだろうというのが個人的な見解。 ハイロウズ時代までの歌詞を抜粋してまとめた「日曜日よりの使者の詩」、甲本ヒロト論研究会なる団体 詳細不明 が書いた「甲本ヒロト論」 内容は名言集+解説といった感じ など、色々な本が出版されています。 個人的にオススメするとなれば、やはり本人による雑誌インタビューですね。 他にもウェブ上のインタビュー記事を一覧でまとめてますので、参考にどうぞ。 甲本ヒロトの言葉 さきほどの本の章でもお話したように、名言集的な本が発売されるほど、ヒロトの言葉は力強く魅力がありますよね。 僕はかなりの量の雑誌をコレクションしており、あまり聞いたことのない発言もピックアップした記事を制作しました。 内容は随時更新していきますのでお楽しみに! 「甲本ヒロトを徹底解剖!過去から現在まで全てまとめます」まとめ 甲本ヒロトについて徹底的にまとめてきました。 今もなお『ザ・クロマニヨンズ』として日本のロックシーンの最前線で活動しており、その魅力は色褪せませんよね。 やはりヒロト・マーシーの魅力と言えばライブに尽きます。

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