野口 五郎。 野口五郎の歌詞一覧リスト

野口五郎さんの特許戦略

野口 五郎

野口五郎が、アニバーサリーツアー【Goro Noguchi 50TH ANNIVERSARY CONCERT TOUR 2020 I can sing here ~今ここで歌える奇跡~】の初日公演を、SHIBUYA Bunkamura オーチャードホールにて開催した。 幾度となくこのホールでのコンサートを行ってきた野口五郎だが、今回はメモリアルなツアーふさわしく、歴代のヒット曲のオンパレード。 「私鉄沿線」「甘い生活」「オレンジの雨」など数曲が盛り込まれて会場はヒートアップ。 終盤、50年寄り添ったファンにサプライズとして、新曲「光の道」を披露した。 この新曲「光の道」は、小渕健太郎(コブクロ)の作詞作曲によるナンバー。 一年数か月前に知人を通じて小渕と出会い、普段カラオケでは歌わない野口は「ラブイズオーバー」「恋人よ」歌唱。 野口は小渕にデビュー50周年シングルを書いてほしいと思ったというが、中々言えずに月日が流れていった。 だが、昨年のオーチャードホールコンサートに小渕さんが訪れ、連絡をとるようになって正式に曲のオファーをすることができたとのこと。 そして、15歳で上京し、紆余曲折を繰り返しした話をする中、上京当時の1枚の写真の話に小渕が共感。 その中の見守る父と旅立つ息子の物語をこの作品の題材にした。 コンサートでは、その歌詞に「あの時からおやじはずーっと見守り続けてくれ、いつも一緒だったんだ」と気づく野口五郎が感謝をのべ、まだレコーディングもしてない、この日初披露となる「光の道」を50年見守ってきたファンの前で歌唱した。 この新曲「光の道」は、5月6日に配信リリースとなる。 ) <通常盤(CD)> 3,560円(tax in.

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野口五郎、コブクロ小渕が作詞作曲「光の道」デビュー50周年ツアーで初披露

野口 五郎

歌手の野口五郎さん(本名:佐藤靖)が副業で大成功している、というニュースを読みました。 野口さんのアイディアをフォネックス・コミュニケーションズという会社が事業化したそうです。 気になったので、野口さんが発明者となっている特許(4件)を読んでみました。 882号特許 第1弾の特許第4859882号(以下、「882号特許」とよぶ)は、2008年に出願されています。 対価を支払ったユーザだけを対象として、デジタルコンテンツ(音楽データなど)を配信する仕組みに関する基本特許です。 まず、レコード店は、データコード(QRコード(登録商標)を想定?)を印刷されたチケットT1を販売します。 チケットT1にはデジタルコンテンツD1が対応づけられています。 ユーザP1は、レコード店でチケットT1を買います。 ユーザP1は、自分の携帯電話M1(注:この特許は古いので、スマートフォンは想定されていない)でチケットT1のデータコードを読み込むことでサーバにアクセスすれば、デジタルコンテンツD1をサーバから携帯電話M1にダウンロードできます。 サーバは、ユーザP1(携帯電話M1)からデジタルコンテンツD1の 最初の取得要求を受信したとき、デジタルコンテンツD1に携帯電話M1の機種固有情報(製造番号など)を対応づけておきます(利用者登録)。 ここにポイントがあります。 この結果、ユーザP1には、より厳密には、ユーザP1の携帯電話M1には、デジタルコンテンツD1をダウンロードする権利が与えられます。 ユーザP1は、以後、携帯電話M1を使ってサーバにアクセスすれば、デジタルコンテンツD1を何回でもダウンロードできます。 当時は、携帯電話の記憶容量が小さかったので、デジタルコンテンツD1の利用に際しては毎回サーバからダウンロードするような仕様を想定していたようです。 いったんサーバでデジタルコンテンツD1の利用者登録をしてもらえれば、以後、チケットT1は不要です。 チケットT1をユーザP1以外のユーザP2が手に入れてサーバにアクセスしても、ユーザP2の携帯電話M2の機種固有情報は、デジタルコンテンツD1に対応づけられていないので携帯電話M2へのダウンロードは拒否されます。 機器固有情報以外の情報、特に、個人情報をシステムに提供する必要もありません。 ユーザはチケットを買って、データコードを使ってサーバにアクセスするだけなのでとても手軽です。 また、デジタルコンテンツのダウンロード先を「対価を支払ったユーザの携帯電話」に限定できますので、アーティストは著作権を守りつつCD以外にも販路を拡大できます。 「機器固有情報」によってユーザを認証する仕組みにこの発明の妙があります。 発想自体はとてもシンプルです。 997号特許 第2弾の特許第6032997号(以下、「997号特許」とよぶ)は、4年後の2012年に出願されています。 997号特許は、882号の補強版みたいな特許です。 チケットの販売者が、複数のチケットに対してまとめてデジタルコンテンツを対応づけたり、まとめて削除したりできる、という内容です。 997号特許は、ライブ・コンサートの終了後、データコードが印刷されたチケットを観客に販売するシーンを想定しています。 チケットには、ライブ・コンサートの録音データがデジタルコンテンツとして対応づけられます。 スタッフはライブ・コンサートの録音データを作り、サーバに録音データをアップロードし、大量のチケットに録音データを一気に対応づけておきます。 ライブ・コンサートの終了後、観客はチケットを買い、882号特許の仕組みを使ってサーバにアクセスすれば、手持ちのスマートフォンでライブ・コンサートをもう一度楽しめます。 997号特許は、「ライブを持ち帰る」というコンセプトが色濃く出ています。 997号特許の段落【0002】には、 本発明者(注:野口さんのこと)は、芸能音楽の世界に飛び込んで42年目を迎え、音楽の流行の変化や販売の変化等を、目で見、肌で感じてきた。 アナログからデジタルへ移行する際は、著作権等の問題を解決しないままスタートすることに疑問もあった。 しかし、どんなにデジタル化が進んでも歌い演じ、それを見て聴くのはアナログ的存在の人間である。 1970~90年代であれば、夜間のTV番組「夜のヒットスタジオ」「ザ・ベストテン」等々で好みの曲に感動した視聴者が、翌朝起きて通学通勤し、その帰りに商店街にあるレコードCDショップに寄り、昨日好んで感動した楽曲を購入するという流れがあった。 今は便利にデジタル化された世の中で、昨日の感動を翌日の夕方迄覚えていられるものではないかもしれない。 しかし、パフォーマンスを観て聴いた直後は熱い感動は残っている。 このことは、本発明者も、5月に新曲をリリースして、ライブ・コンサート・握手会等をした際に実感している。 とあり、音楽ビジネスの現場にいる人ならではの思いが感じられます。 357号特許 第3弾の特許第6091357号(以下、「357号特許」とよぶ)は、更に1年後の2013年に出願されています。 357号特許は、旧機種から新機種に機種変更したとき、旧機種にダウンロードしたデジタルコンテンツを新機種に引き継がせる方法に関します。 スマートフォンが普及し、多数のデジタルコンテンツをスマートフォンに保存できるようになったことから、このような引っ越しサービスの必要性に鑑み、特許出願したと思われます。 357特許でも「ライブを持ち帰る」というビジネスが想定されています。 フォネックス社のホームページを見ると、357特許も事業化されているようです。 178号特許 第4弾の特許第6192178号(以下、「178号特許」とよぶ)は、更に2年後の2015年に出願されています。 178号特許は、観客からアーティストにリクエストして、専用のデジタルコンテンツを手に入れる仕組みに関します。 ライブ・コンサートに申し込んだユーザは、「リクエスト権」のオークションに参加できます。 リクエスト権を手に入れたユーザは、アーティストに読み上げてもらいたいメッセージを伝えます。 アーティストはメッセージを読み上げ、楽曲を演奏します。 このときの録画データがプレゼントされます。 178号特許には、 イベントへの参加を促すことを通じてアーティストを支援する(【0006】) CDが売れない現在の状況ではアーティストにとってライブやコンサートの比重が高まっている(【0006】) オンラインでの楽曲のダウンロード販売の普及などが原因でCDが売れなくなり、音楽関係のアーティストはライブやコンサートなどに注力せざるを得なくなってきている(【0007】) という記載があり、このあたりに音楽業界の変化に対する野口さんの現状認識や問題意識が感じられます。 リクエスト権という特典により、ライブ・コンサートに観客を集めたいという意思が発想の根底にあるのだろうと思われます。 ライブを持ち帰る 野口さんの一連の特許によって提案されたシステムは、「テイクアウトライブ(登録商標)」という名称で事業化されています。 野口さんはフォネックス社に特許を事業化してもらい、フォネックス社は野口さんに対して特許使用料(ロイヤリティ)を支払う、という関係になっているのではないかと推測されます。 機器固有情報を使ってユーザを識別するという882号特許の発想も秀逸なのですが、ライブ演奏に感動したら「そのときの」ライブ演奏をもう一回楽しみたい、というニーズを見つけたところが慧眼だと思います。 ライブ演奏は、本来は1回きりのものです。 ライブ演奏を録音したCDやDVDを販売することは昔から行われていますが、それは、何回も行われるライブ演奏のうち、「自分が聴いたときのライブ演奏」とは限りません。 テイクアウトライブは、「自分が聴いたときのライブ演奏」をライブ・コンサートの終了時に持ち帰ることができます。 スタッフは、ライブ・コンサート中にこれを録画してデジタルコンテンツを作り、すぐにサーバにアップロードします。 そして、余韻醒めやらぬ観客にチケットを販売することで上記のニーズに応えます。 デジタルコンテンツには著作権管理の問題がつきまといますが、882号特許によりこれを解決しています。 これら4つの特許にはおもしろいアイディアがほかにもいろいろと書いてありました。 なお、882号特許に比べると、997号特許や357号特許の発想はそれほど突き抜けたものではありません。 しかし、「ライブを持ち帰る」というビジネスを考えるとき、997号特許や357号特許に記載されている仕組みは欲しいところです。 こういうアレンジ・ポイントも丁寧に特許で押さえ、ビジネス・スキームを多面的に守っています。

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「秀樹、僕はうらやましかったよ」野口五郎さん弔辞全文:朝日新聞デジタル

野口 五郎

皆さんに、気持ちの整理がつくまで少し時間を下さい。 そうお願いしたのだけど、どうやってこの現実を受け止めて良いのか。 いまだに君の言葉をいろんなことを思い出して、泣いてばかりいる。 秀樹との46年間は、簡単に語りきれるものではありません。 こんな風に君への弔辞を読むなんて考えてもいなかった。 僕にとって、君は本当に特別な存在だった。 ある時は兄のようでもあり、ある時は弟のようでもあり、親友でもあり、ライバルでもあって、いつも怒るのは僕で、君は怒ることなく全部受け止めてくれて。 いま思うと僕と君との違いは、心の大きさが違うよね。 つくづくそう思うよ。 いつも僕が言うことを大事に大事に聞いてくれて、何でそんなに信用してくれていたの。 訃報(ふほう)を聞いて君の家に向かう途中で、僕は突然思い出して妻に言った。 秀樹の歌で「ブーメランストリート」という曲があって、ブーメランだから「きっとあなたは戻って来るだろう」って歌詞だけど、でも戻ってこなかった人を、アンサーソングとして「ブーメランストレート」ってどう、って言ったら、それ良いねって、秀樹、大笑いして。 そしたら彼本当に「ブーメランストレート」っていう曲を出してしまったんだよ。 君の家に着き、君に手を合わせ、奥さんの美紀さんと話し始めたら、秀樹の曲をかけ続けていたディスプレーから突然「ブーメランストレート」が流れてきた。 数百曲もある君の曲の中で、五郎、来てくれたね、君が僕だけに分かる合図を送ってくれたのかなってそう思ったよ。 30年ほど前に、君は「チャリティーコンサートをするんだけど、その時の曲を作って欲しい」って、突然言い出した。 「秀樹、僕は人の曲は作らないって知ってるだろ」 「うん、だから作って」 「秀樹、だから作っては日本語変だから」 「うん、最後にみんなで歌う曲作って欲しいんだよ」 「秀樹、悪いけど無理だから。 それ出来ないから」 「分かってる。 一応締め切りはいついつだから」 「秀樹、それ出来ないからね」って別れたのに。 締め切り日ぎりぎりにパジャマを着て譜面とデモ音源を君の家に届けた僕に、まるで僕が作ってくるのが当たり前のように、玄関先で「ありがとね」って君は笑顔でひと言。 完全に見透かされてるよね。 今年になってから、その曲がシングルカットされてるのを知って、僕はそれまで知らなかったんだよ。 シングルカットされているのは。 君のマネジャーにお願いして、音源もらって、マルチがないからCDから君の声だけ取り出して、今年2月の僕のコンサートでデュエットした。 なぜ今年だったんだろう。 不思議でならない。 コンサートを見に来てくださった君のファンも喜んでくださった、って奥さんから聞きました。 デビューしてアイドルと呼ばれるようになった僕らは、次はその席を後輩に譲らなければ、そして次の高みを目指さなければと考えていた。 その方向が僕らは一緒だった。 同じ方向を目指していた。 秀樹は決してアクション歌手ではないし、本物のラブソングを届ける歌手を目指していたことを、僕は知っている。 1993年、初めての「ふたりのビッグショー」での共演。 一緒に歌った「Unchained Melody」「Smoke Gets In Your Eyes」ハーモニーの高いパートは僕で、最後に格好良く決めるのは秀樹。 でも僕はそんな秀樹が大好きだった。 本当に格好良いと思っていた。 お互い独身時代が長かったから何でも話すようになってゴルフも一緒に行った。 君が車で迎えに来てくれて、僕がおにぎりとみそ汁を用意して、夫婦かなんて言いあって。 僕が「秀樹、結婚するから」って言った時の驚いた顔を忘れない。 2月に僕が披露宴をしたときに、「おめでとう」と君に握手を求められた瞬間、僕にはすぐ分かったよ。 あ、こいつ結婚するって。 案の定、5カ月後に美紀さんと結婚した。 秋も深まったある日、妻が「もしかして子どもが出来たかも」と言いだし、驚いた僕は明日病院に行って検査してもらおうと二人で話した。 そんなとき、君から突然の電話。 「五郎、まだ誰にも言ってないんだけど、俺、子どもが出来た」。 生まれてみれば同じ女の子で君んちが6月3日、僕んちが6月5日。 まじかこれ。 当然娘たちの初節句、ひな祭りも一緒に祝ったよね。 3年前、秀樹の還暦パーティーに出て、サプライズでケーキを持ってステージに出させて頂いた時の秀樹のびっくりした顔、今でも忘れられません。 さかのぼること44年前、1974年。 この年僕が「甘い生活」でレコード大賞歌唱賞を取れると下馬評だったけど、君の「傷だらけのローラ」が受賞。 もちろん君は欲しかった賞だし、当然うれしかったと思う。 でも、君は僕の前では喜んだりしなかった。 僕を気遣ったんだと思う。 それから2年後、二人で受賞した。 そのときは握手して二人で抱き合った。 そして40年後、還暦パーティーで僕が「抱いていいか」。 「何だよ」と言われたけど、僕はそんな君を抱きしめた。 その時、君は僕のことを一瞬抱きしめ返そうとした。 その瞬間に君の体の全体重が僕にかかった。 それは僕にしか分からない。 心の中で、「秀樹、大丈夫だよ。 僕は大丈夫だからね」そう思った。 それと同時に、僕の全身が震えた。 こんなぎりぎりで立ってたのか。 こんな状態で、ファンの皆さんの前で立ってたのか。 そこまでして、立とうとしていたのか。 なんてすごいやつだ。 彼の大きさに驚いて、一瞬頭が真っ白になって、彼のコンサートなのに、サプライズで来ている僕が「西城秀樹です」って秀樹のファンの皆様に彼を紹介してしまった。 秀樹ほど、天真爛漫(てんしんらんまん)という言葉がぴったりな人は僕はこれまでに会ったことがない。 何事にもまっすぐで、前向きで、おおらかで。 出会う人を全て魅了する優しさと全てを受け入れる潔さとたくましさ。 そんな君を慕う後輩がどんなにたくさんいたか。 僕はうらやましかったよ。 僕もひろみも、秀樹の代わりにはなれないけど、まだしばらくは頑張って歌うからね。 おまえの分も歌い続けるからね。 そして君を慕ってくれた後輩たちとともに、僕らの愛した秀樹の素晴らしさを語っていこうと思います。 何よりも君を愛し、支え続けたファンの方々とともに。 秀樹、お疲れ様。 そして、ありがとう。 もう、リハビリしなくて良いからね。 もう頑張らなくて良いから。 君のかわいい子どもたち、家族を、いつも見守ってあげて欲しい。 そしておまえの思うラブソングを天国で極めてくれ。 秀樹、お疲れ様。 そしてありがとう。 平成30年5月26日、野口五郎。

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