紅白 司会 2019。 2019年末、紅白歌合戦 出演者や曲・司会まとめ 令和最初の第70回

紅白・総合司会者の歴代一覧【2019最新】最年少司会者は誰?勝敗結果表!

紅白 司会 2019

(12月31日)の放送は(1953年)から。 よって1953年は放送が2回あった。 放送時間は()以降のもの。 20:55 - 21:00は『』を放送。 対応番組。 20:55 - 21:00は『』を放送。 『 NHK紅白歌合戦』(エヌエイチケイこうはくうたがっせん)は、(NHK)が(26年)からに放送している対抗形式の大型。 ののひとつ。 通称は『 』。 概要 女性アーティストを紅組(あかぐみ)、男性アーティストを白組(しろぐみ)に分け、対抗形式で歌や演奏を披露する。 当初は正月のであったが、NHKがテレビ放送を開始した後はの夜に移動し、「1年の締めくくり」の代名詞となる。 放送が延期・中止されたことは1度もない。 日本を代表する人気が大勢出演し、さらに歌手以外のゲストなどもその年人気を博した人物が選出されるため、放送開始当初から高を記録している。 深夜に及ぶ時間帯の番組でありながら年間視聴率の上位に食い込み、多くの年で通年の最高値を弾き出している。 そのため国民の関心は高く、年の瀬から正月にかけて、・から商売敵であるまでが紅白に関する話題を取り上げる。 上述の通り紅白の両組対抗形をとるが、番組の進行の上ではあくまでショーとして番組を構成する要素のひとつであり、決して「対抗」を前面に押し出しているわけではない。 ただし、あくまで形式上は「対抗」であるため、その組み合わせの枠の中に入る歌手は、正式には「番組出演」ではなく「紅白歌合戦 出場」と呼ばれる。 放送メディア 媒体 期間 備考 ラジオ () - 継続中 およびにて放送。 客席上のラジオ中継席(()以降の会場であるでは、同ホール2階にこれを設けている)から、ステージ上で行われていることの実況とともに放送。 () - 継続中 () - 継続中 2度の実験配信期間中に配信。 2019年以降も本配信開始により配信継続。 ():からに実施されたの配信期間に該当• 配信対象地域:・・・・• ():から2019年3月末までの予定で実施された第2次実験配信の配信期間に該当• 配信対象地域:全国• ()以降:2019年4月1日のradiko本配信開始に伴い、配信を継続 テレビ () - 継続中 1953年2月1日のNHK開局に伴い、同年末から紅白のテレビ放送を開始。 ()からは放送。 ()からはに移行。 ()からはを開始。 ()からは地上デジタルテレビ放送で放送開始。 ()からはで放送開始。 での放送は()で終了。 総合テレビ () - 継続中 ・プレミアム () - 継続中 海外向け。 () - () Bモードステレオ放送。 完全化に伴うへの整理統合、およびそれに伴う番組編成の見直しから終了(ただしを除く)。 () - 第61回。 同上の理由により終了 地上波難視聴地域に於いては視聴不可能となった。 () - 継続中 5. 1ch音声。 () - 継続中 22. 2ch音声。 紅白終了後も10分のダイジェスト版が放送されている。 BS4K・BS8Kは総合テレビとは別制作。 高精彩を生かしてより現地で見ている紅白に近い体験をコンセプトに、同じステージを別々に制作・中継する。 そのため、カメラアングルが総合テレビとは異なり、歌詞テロップも出ない。 またNHK主体ではないが、海外の現地チャンネル(主として日本専門チャンネル)を通じて放送される場合がある(NHKワールド・プレミアム放送の際には字幕がないため)。 BS2・BShiでも放送されていた一時期はのアンテナとチューナーさえあれば山間部や島部の難視聴地帯でも生放送で視聴可能となっていた。 放送時間 ()以降、長らく21時(JST、以下同じ)開始に固定されてきたが、2部制となった()以降は19時台から20時の間を推移している。 1部と2部の間には、その年の最後の『』を放送する。 なおBShiでは放送されず、『デジタル紅白歌合戦』と題したNHKホール前からのこの後の内容を紹介する中継に差し替えた年もあった。 BS4K・8Kはニュース前のつなぎコメントも含めてバックステージからの中継放送に差し替えている。 終了時刻は、総合テレビでは()以降、一貫して23時45分である(放送メディアによっては例外あり)。 また、次の番組も『』で固定されている。 出演者 出演者に対しては正式発表まで厳重な「緘口令」が敷かれ、原則NHK側からその都度発表される。 一方で特に司会者と出場歌手の人選は注目を集め、大衆紙などでは正式発表の時期に「関係者からのリーク」として予想記事が出されることがある。 司会者 その年の紅白の「顔」ともいうべき存在で、例年その年の出演者の中でもっとも早く決まる(10月後半から11月)。 正式決定とともに、本人出席のもとで記者会見がで行われる(会見を行わず、広報を通じてコメントを発表するのみの場合もあり)。 通常、「紅組司会」「白組司会」「総合司会」の三者がいる。 紅組司会と白組司会はそれぞれの組の曲紹介を、総合司会は番組全体の進行や両組司会のサポートを分担してこなす。 基本的に紅組司会は女性が担当、白組司会は男性が担当する。 紅組司会と白組司会はテレビタレントが、総合司会はNHK(東京アナウンス室在籍)が担当することが多い。 全員のうち、アナウンサーは必ず最低1名は入っている。 これは紅白生放送中にアクシデント(重大事件・事故・災害や、本番中でのいわゆる放送事故など)が発生したり、司会者が本番直前にアクシデント(病気・負傷・不祥事など)により出演不能となったりした場合の対応のためである。 両組・総合司会は通常それぞれ1人ずつだが、複数名が担当した()、グループが担当した()- ()、三者の枠を取り払った()などの例外がある。 司会担当者は、ほかの長時間番組や音楽番組と比べて特定の人物が何回も続けて担当することは少ない。 場合によっては司会未経験のタレントが抜擢されることもある。 紅白の台本は、生放送という関係上非常に細かく設定されており、進行上アドリブの必要性は少なく、あくまで「司会者」を演じる役者的性質が強いためである。 司会が歌手の場合は、出場歌手を兼ねる場合もある。 歌手 出場歌手はおおむね紅白両組それぞれ20組から30組の間を推移している。 対戦に組み込まれる正規の歌手は番組への出演が「出場」と呼ばれ、「出場回数」も正式にカウントされる。 例年11月下旬に発表記者会見が行われ、その年の初出場の歌手が出席するか、あるいはメッセージが公表される。 両組の割り振りは、メインボーカルの性別を原則とする。 そのため、、などは出場形態の違いにより両組からの出場経験がある。 そのため片方の性のメンバーのみでボーカルとコーラスをまとめるなどのアレンジを強いられていた。 男女混成グループが初めて出場したのは、()のであり、このときもどのような扱いにするのかでもめたという。 結局メインボーカルがピンキーであったため紅組となったが、初出場時のみ男性メンバーは歌手席に座れなかった。 その他のおもな割り振りの例は以下の通り。 男女のは基本的に紅組。 例外として、および・はそれぞれ白組から出場。 女性メインボーカルのグループでも、およびはほかの出場歌手との兼ね合いからそれぞれ白組から出場。 は全員女性だが同系列のとセットで白組から出場。 混声ボーカルの場合は、その都度振り分けられる。 は両組から出場歴があり、これが同一名義で両組から出場した唯一の例である。 の歌手では、()、(戸籍上は男性)が紅組で出場した例がある。 ()で系列『』内でのが女装(歌手デビュー)したキャラであるが女装した男性のソロでは初めて紅組で出場した。 複数の名義で並行して活動している歌手は、かつては原則両方で出場することはできず、が()において、ソロ名義との双方で出場した事例が長らく唯一であった。 しかし、後半からは同系列の複数のグループ・ユニットをメンバーが掛け持ちし、さらにそれぞれヒットする事例が出てきたため(、、など)、徐々に複数の掛け持ち出場が認められるようになってきた。 ()の(系列『』出身)以後、民放番組からデビューした企画の歌手(番組内のキャラクター)など民放色の強い歌手も出場しており、該当の番組を特別に意識した演出(応援など)があるなど、民放とのコラボレーションに対しても比較的寛容である。 対する民放の側も、デビューするときに「紅白を狙う」と公言したり、出場が決まった際には紅白本番中やその舞台裏の模様を後日番組内で「紅白ドキュメント」などと銘打って放映したりすることがあるなど、紅白とのコラボレーションに積極的である。 「歌合戦」と称しているものの、演奏のみで歌わないグループの出場もある(、など)。 歌手の選考 基本的には、その1年間にヒット曲を出した歌手を対象として、出場者の選考が行われる。 本人や所属・所属事務所に対して、選考対象とされることや出場への意思の有無の確認が行われ 、例年ごろの選考会議で最終決定される。 発表と同時に記者会見が開かれ、『』をはじめ各メディアでも報道される。 この記者会見には初出場者が出席することが恒例となっている。 ()以降、出場者発表会見はインターネットでもストリーミング配信で生中継がされている。 番組側は基本的に選考の過程や理由などを明らかにはしておらず、非選出者については発表記者会見の質疑応答の中で、最低限の事情を明らかにしている程度である。 ()、()の発表記者会見では「 今年の活躍、世論の支持、番組の演出・企画に沿う」という3点が具体的に提示されている。 第65回では以下の5つのデータが出場歌手決定の参考資料とされた。 7歳以上の全国5,000人を対象にNHKが行ったによる調査の結果• 『』の予選出場者の曲目• CD・カセット・DVDの売り上げ• ・のリクエストなどについての調査• インターネットや携帯電話によるダウンロードなどについての調査 出場歌手選考の参考として、()の選考時より「ご意見を伺う会」が発足し、その会員から意見を求むという体制が()まで続いた。 NHKが視聴者を対象に行うアンケート結果は()までは重視されていたが、以降は参考程度に留められているという。 原則として結果は公表されない。 紅白の出場歌手に選出されるには、第一義的には音楽業界での活躍、すなわち音楽セールスの実績(レコード、カセット、CD、DVD、、USEN、カラオケなど)・実力・知名度・話題性・世論の支持・歌唱力・同回のテーマとの合致・『NHKのど自慢』出場者に自身の楽曲が選曲されることなどが重要となるが、ほかにも以下の条件が存在するとの指摘がある。 NHKへの貢献度 NHK番組への出演・関与や番組主題歌の歌唱など、NHKに対する貢献度が選考を左右する。 たとえば『』の主題歌、『』出演、()・のNHK中継テーマソング、課題曲(中学校の部)提供などの場合、出場しやすい面がある(本番中も、タイアップにちなんだ曲紹介や演出がある)。 事務所ごとの出場枠 出場歌手については、所属する芸能事務所毎に一定の枠、数的制限が設けられる慣例があるとされる。 この慣例については、番組は公式には認めていない が、の社長であるが「NHKに2枠固定と言われ意固地になっていた」と枠の存在を暴露する など、公然の秘密となっている。 かつて、1部制時代の1980年代前半までは芸能事務所毎の枠は存在していなかった。 このため()では、出場歌手の紅白計50組中10組を当時全盛期にあったに所属する歌手が占めるという状況も見られた。 しかし、その後は一定の枠が事実上設けられる状況となったため、かつての渡辺プロほどの規模で特定の事務所が出場枠の一定割合を専有することは難しくなった。 そのため、大ヒット曲を出しながら事務所枠の関係で出場機会に恵まれない例もある。 1980年代から芸能界で大きな影響力を持つようになったジャニーズ事務所に所属する歌手の出場は、()以降長らく、・の2組に限定されていた。 その後、()にとが初出場して以降 、同事務所からの出場歌手は増えている。 不祥事の有無 NHKはでありその番組は国民が払うによって制作され、出演者に対するギャラも受信料から払われている。 そのため、 イメージがクリーンであることも、出演者の選出・決定にあたって重要な必要条件の一つである。 実際に、この条件が原因で落選や辞退、あるいは出演の取消という事態が発生している。 特に日本の芸能界は "黒い交際"、すなわち・などのが興行師として采配していることが多く、これが表面化すると選考にも決定的な悪影響を及ぼす。 それは大物歌手・ベテラン歌手であっても例外ではない。 過去には長年紅組トリを独占していたが、、暴力団構成員であった弟・の逮捕をきっかけに、・との関係が問題視された。 ひばりへのアンケートの支持が低下し、「ご意見を伺う会」からの批判が相次いだことを理由に落選。 正式な出場歌手としてはついに復帰しなかった。 また、()では、・が暴力団主催の宴席に出席していたことがメディア報道され、本番の差し迫った12月29日に出場辞退を余儀なくされた。 代役としてとが選出されたものの、今度は鳥羽が自身も暴力団とのかこの関係を自ら申し出る。 この一件に対するNHKの偽善の姿勢を批判して辞退した(代役は)。 には、暴力団の影響力排除を目的とした各都道府県のが施行され、人気司会者であったが暴力団との交際発覚を理由に芸能界を引退し大きな話題になったことなどもあり、NHKも暴力団排除指針を公表。 同年のの選考をめぐって、黒い交際の情報がある人物は排除しなければならず、NHKが出場候補者の人選に通常より神経を使い、報道局など組織内の多くのリソースも投入していると各メディアで報じられた。 出場辞退 出場歌手発表時、「誰が出場したか」と同様に、「誰が出場しなかったか」にも注目が集まる。 特に1980年代からはミュージシャン系の歌手を中心に「辞退をすることがステータス」「出たら負け」という風潮が高まり、出場の打診を歌手サイドの意思で断る事例が増えた。 これらのアーティストは「出場辞退組」と呼ばれるようになる。 辞退する理由はさまざまで、知名度が出てきたころに数度だけ出場する例(、など)、NHKとの不和が原因で出場しない例(など)、紅白のコンセプトに賛同しない例(、など)などである。 また、常連歌手がある時点で自発的に「勇退」を宣言、翌年から出演を取り止める例(、など)もある。 最後の出場回の前に宣言したときには、最後のステージとして花を添えることも可能である。 一方で、落選したのを契機に「勇退」を宣言するケースもある。 常連歌手など功労者を落選させる場合、番組側が該当歌手の名誉のために、公式には「辞退した」ことにさせる場合がある。 なお、出場が正式決定してから辞退し、の歌手が立てられたケースは少ないものの、以下の事例がある。 () - 本番当日にで負傷したため。 代役は。 () - がした影響で、本番当日までに滞在先の からに戻れず。 代役は。 () - 本番当日の急病()のため。 代役は間に合わず、雪村の親友であるが出場者の印の赤い花を2つ胸につけて出場。 () - 「ヒット曲がない」という歌手側の意向。 代役は。 () - ボーカルのの急病。 代役は。 () ・・ - 北島と山本はこの年の年初にのに招かれていたことが発覚したことにより辞退。 鳥羽とが代役として出場が決定するも、鳥羽が自身も過去に稲川会と関わりがあったことから、NHKの偽善を批判し辞退。 鳥羽の代役は。 () - 当初、レコード会社・所属事務所の同意を得てNHKが出場を決定したが、田原本人が「紅白は卒業した」として辞退を表明。 代役は。 () - 歌唱曲の選曲をめぐってNHKとの間でトラブルとなり辞退。 代役は。 () - の詩の発覚により辞退。 記録上はそれぞれをソロ歌手扱いとした)出場。 サンディー・シムス、HOUND DOG、後浦なつみは選出されたのがこの1回のみで、幻の出場となっている(後浦なつみについてはメンバー3人が別名義で出場経験あり)。 このほか、出場する予定だったグループの一部の人物が病気・負傷・不祥事などの理由により欠場・出演辞退という事態になり、残りのメンバーで出場したケースも存在する。 ゲスト審査員 その年を代表する著名人(芸能人・スポーツ関係者・音楽関係者・・メディア関係者など)が10人前後起用されることが恒例である。 審査への参加だけでなく放送内で随所で司会者とのトークが挟まれ、番組の進行にも関わる。 ()までは「特別審査員」と呼ばれており、またNHK番組制作局長が「審査委員長」と呼ばれていた。 ゲスト審査員の発表はもっとも遅く、12月下旬に行われる。 一番起用される可能性が高いのは、翌年の『』(まれに当該年度or次年度・前期の『』)の主演者であり、司会や歌手に選ばれた場合を除き、ほぼ毎年審査員となっている。 スポーツ関係では、の優勝チームの監督や主力選手、の看板力士(その年に新横綱、新大関になった力士など)が多い。 のメダル獲得者は、競技と無関係の場への登場をよしとしないの意向から当初は選出されなかった。 初例は()における(女子・銅メダル)で、以後は選出が恒例となる(オリンピック開催前年にメダルを期待される選手・監督が起用されることもある)。 その他の出演者 上記のメイン出演者以外に、さまざまな著名人がゲストとして出演する。 ジャンルとしては、歌手や楽曲と関連する人物の応援、楽曲提供者などの演奏参加、会場外からの中継の進行役(大抵はNHKアナウンサー)などさまざまである。 また、その年ブレイクした若手のお笑いタレントが幕間でネタ見せするのも定番である。 主要ゲストについては、本番前に逐一出演が発表されていく。 また、大晦日の祝祭ということで、民放の現職アナウンサーのNHK出演も特例で実現している。 (当時所属) - ()、 With の応援。 (当時所属) - ()、の応援。 第61回(2010年)からは、『紅白ウラトーク』が開始。 会場座席の一部にセットを組み、放送時間中そこからのトークを副音声で放送し続ける。 専属のMC(タレントとNHKアナウンサー)がおり、歌手、ゲストが入れ替わり立ち代わり出演する。 番組の流れ 本番まで 両組司会は(特にタレントの場合)、本番までNHK関連の仕事が入る。 各の年末年始号の表紙に起用されることも多い(紅白の司会を務めるにあたってのインタビューも掲載される)ほか、両組司会を表紙にしたやも発売される。 出場歌手の曲目や曲順は原則すべて公開されており、曲目は12月中旬、曲順は12月下旬に発表される。 原則、1組1曲、その年に発表された自身の持ち歌を披露する。 演出上アレンジされたバージョンを披露する場合、「曲目」は元の曲名をアレンジしたもの(年号を振る、「紅白バージョン」などの副題をつけるなど)になることがある。 1年でヒット作を連発した歌手や数年越しの出演となる大物歌手は、メドレーとして2曲以上披露することもある。 このときはあくまでメドレー自体の「曲目」になり、"メドレー"や"紅白スペシャル"など、披露曲がわからないことがある。 演出の都合上、過去の楽曲を披露することもある。 特に、本人への支持は強いが新曲のセールスは振るわないベテラン演歌歌手などは往年のヒット曲を何度も歌唱することが多い。 最多歌唱回数は「」の11回、次いで「」の10回で、この2曲を歌うは()以降10年以上両曲を隔年で歌い続けている。 NHK特有の事情(歌詞や歌い方に性的な連想をさせたり、ものの楽曲であるなど)で選曲できないこともある。 カバー曲のヒットや追悼企画などで、自身の持ち歌以外の歌を披露する例もあり、複数の出場歌手により歌唱された楽曲も存在する。 選曲権は基本的に歌手側には与えられない。 このことが歌手から反発を買うことがあり、()では披露曲をめぐって番組側と対立したが出場を辞退した。 は番組勇退の理由のひとつに「(自身の)歌唱曲が固定している」ことを挙げている。 12月下旬に入ると、紅白のPR特番が多く組まれることも恒例で、司会者をはじめその年の紅白の出演者や紅白の関係者がゲストに招かれる。 過去紅白のや名場面放映を中心とした番組もある(いずれもBS2『』や『』など)。 会場と楽屋を結ぶ下手側の通路の角に神棚があり、リハーサル開始前には神主を呼び、スタッフ勢ぞろいで成功祈願を行う。 歌手はリハの合間に無事歌唱祈願するのが習わしである。 本番2日前には台本が完成し、リハーサルが始まる。 台本は非常に厚く、トークも含めてすべてト書きされており秒単位での進行が組まれている。 ただし一部の演出については、詳細を台本では白紙扱いにし(出場歌手や司会者にも伏せられる場合あり)、本番までシークレットにするものもある。 リハーサルと並行して司会者と出場歌手で面談が行われる。 その面談では、司会者側より出場歌手に本番内での曲紹介の内容について説明したり、出場歌手側より司会者に自身の曲紹介をするにあたっての依頼や自身の歌唱にあたっての思い入れ・エピソードなどを語ったりする。 この面談の内容が本番内で披露されることもある。 また、メディア記者もNHKホールに詰め、リハーサル・本番の合間を縫って出演者への取材(ぶら下がり形式)が元日未明まで行われる。 おもに、同年の総括や翌年への抱負が述べられるのが恒例である。 NHK側からは弁当などの提供は原則としてなく、変わりに司会者、歌手が差し入れを行うことが慣例である。 放送の進行 番組のオープニングおよびエンディングでは、歌手全員がステージに登場する。 かつてはオープニングではステージに向かって出場歌手が入場行進をすることが基本であり、放送開始から()、()から()、()、()から()まで「」を入場行進曲に使用していた。 タレントの両組司会は、オープニングは両組の色の晴れ着姿 で登場する。 総合司会は、男性アナウンサーの場合はスーツ、女性アナウンサーの場合はドレスを着用する(以降、スーツの場合を除き数度の衣装替えがある)。 各司会の紹介 を経て、そのまま最初の歌手の曲紹介へと入る。 原則として、紅・白両組の歌手が1組ずつ対決する形式である。 歌唱時間は1回につき1組3分程度が定番 だが、その回の目玉の歌手、楽曲においては優遇され、最長では10分近いこともある。 一方で、さほどトピックスのない歌手の場合は2分弱まで短縮される。 両組間の順番が途中で入れ替わることがあり、「攻守交替」と呼ばれる。 2000年代以降はこの対戦形式の原則に入らない事例も多くなり、対戦の途中に特別コーナーが入る例、対戦相手がいない例、歌唱順の対戦相手と演出上の対戦相手が異なる例 、正規の対戦歌手とカウントされないながらも対戦枠に組み込まれる例 などがある。 さらに演出上、別々に出場したソロ歌手やグループが組んで1パッケージで登場することもあり、これらが原因で両軍で出場者数が異なる年もある。 4組程度の歌唱が終わったところで、原則総合司会のアナウンサーがゲスト審査員を紹介 、また審査方法や総合テレビの生中継以外のメディア展開(ラジオブースや裏トークチャンネル、パブリックビューイングなど)を説明する。 司会の定位置は舞台脇の花道部分であり、ここで曲紹介やほかの出演者とのトークを行う。 舞台は紅組が下手、白組が上手に割り当てられており(〈〉のみ逆)、番組前期は曲紹介も両方の花道で別々に行われていたが、NHKホールは楽屋が下手側にあるため、のちに白組も最初と最後の2組程度以外は下手側で行うようになった。 以降原則両組司会が番組進行を担当し、総合司会のアナウンサーは要所要所で両者の進行を補助する。 原則出演歌手は中継も含めて生放送内で歌唱するが、録画出演もまれに行われる。 舞台転換やステージの演出にも凝っており、時にはワンステージのために多額の費用や長時間を費やすこともある。 3Dマッピングなど、最新の映像技術も駆使される。 歌手側も、「豪華衣装」が目玉となったとを筆頭に、晴れの紅白のために多額の自己負担をする場合がある。 歌の間にはその年のトレンドやテーマに沿ったコーナーがあり、歌手有志が参加する。 NHKの人気番組が取り上げられることも多いほか、などスポーツにちなんだ演出が行われることもある。 また、正規のステージにおいても歌手間での「応援」がある。 特に2010年代以降では、視聴率の都合上、人気の高いポップス歌手を随所に登場させる(演歌歌手の演出としてのバックダンサーなど)演出がなされる。 その年に亡くなった著名人の追悼企画が行われることも多い。 会場の観覧者には、、、、、お面などの小道具が配られ、番組側の指示などに従って演出に参加する。 出場歌手にもペンライトを配って、ステージ上で使用させることもある。 その年内をもっての引退・休業を発表した歌手や解散・活動休止を決定した・グループが選出された場合、「ラストステージ」として注目される。 歌手の側も、区切りとして「活動年内限り」とする場合が多いため、視聴率の高い紅白が最後の舞台として選択されやすい。 両組最後に登場する歌手は「トリ」(後に登場する側は「大トリ」)として、特別に注目を集める。 通常、ベテラン、大御所と呼ばれる歌手が選出される。 まれに若手歌手が選出されると、「大抜擢」と表現される。 最後の数組の歌唱の際には、出場歌手も両方の花道に並ぶ。 トリは番組初期は演歌が流行していたこともあり、長らく演歌歌手が独占していた。 初めて両組ともにポップス歌手から起用されたのは、演歌が記録的に不作であった()のとである(山口百恵は当時19歳であり史上最年少)。 その後、演歌の人気が低下してもこの傾向は変わらず、また演歌歌手も出演歌手中「大御所」の位置にあったため、トリを飾るには違和感がなかったこともある。 ポップス歌手のトリが増えたのは、演歌歌手の出場が減った2000年代後半からである。 ポップス歌手においても、、、など、ベテラン歌手の起用が多い。 トリ歌手は「ソロ歌手でなくてはいけない」という慣例が存在したとされる。 ()にトリをとったは、例年とのデュエットでの出場が定番だったが、この年のみソロで出場している(安田はコーラスに回る)。 グループでのトリは、()のが最初である。 ()で引退前最後のステージとしてが大トリを務めた際、歌唱後に会場からアンコールが行われ、特別にリストにはない2曲目が披露された。 演歌歌手がトリの時には、アウトロが華やかなファンファーレになるよう編曲されている。 ()ではトリが変則的で、正規のトリとして・の歌唱後に、同回で勇退ののステージ(「究極の大トリ」と位置づられた)となった。 ()では正規のトリとして・の歌唱後に、特別出演するのステージ(前述の北島同様、「究極の大トリ」との位置づけ)となった。 勝敗はゲスト審査員と会場の観客および地上デジタルテレビ放送の双方向システムやを利用した視聴者の投票で決定する。 審査とその結果の発表方式は回によって異なる。 長らくは、全歌手の歌唱後のゲスト審査員と観客の投票で決まっていたが、21世紀に入ると会場外の一般視聴者からの投票も加わる(第1部終了時と合わせて2度)。 一般視聴者の票は集計に時間がかかるため、第1部では残り2組(1対戦分)になったところで総合司会のアナウンサーが投票を呼びかけ、2組の歌唱中に投票と集計、ニュース直前に結果を表示する。 最終投票時は、投票中に「ハイライト」として、全歌手の歌唱シーンのダイジェスト(1組数秒、トータルで3分弱)を流すか、最後に全員歌唱で1曲が入る。 投票中に、審査員やゲストを含め出演者全員(年齢制限の関係上、実際にステージ上にいるのは18歳以上の出演者に限る)がステージ上に上がる。 」の字幕スーパーが出て、天井から大量のがステージ一杯に降る(()から。 第19回は風船も一緒に降っていた。 ちなみに初期のころはステージに紙テープを投げたり、天井から紙テープのみが降ったり(()~())、くす玉が割れて、紙吹雪・紙テープ・風船が降る演出(()・()・())があった。 での先駆けである)。 ただ、2000年代ごろからは紙吹雪が優勝決定時には降らず、エンディングの「蛍の光」の場面で降る。 そして、優勝組の司会者(キャプテン)に優勝旗が授与される(優勝旗授与を行う人物は回によって異なる。 大抵はゲスト審査員のうちの1人)。 また、この優勝旗には歴代の優勝チームの色のリボンが飾られている。 1950年代ごろは、優勝チームが決定した直後に「」が合唱されるのが恒例だった。 フィナーレは第4回以降、一部の回を除き「」を出演者(出場歌手・司会者・ゲスト審査員・ゲスト・合唱団など)ならびに会場の観客で大合唱されることが恒例である。 この場面のみに指揮者として参加する音楽家がいる。 は、逝去する前年の()まで合唱の指揮者を務めた(()はが務めたが、総合指揮者として藤山も出演)。 藤山の逝去後、()から()までが務めた。 宮川の逝去後、()から()までが務めた。 平尾の逝去後、()はが指揮を務める。 「蛍の光」大合唱が終わると番組オリジナルアレンジの大エンディング生演奏が25秒~30秒流れ、曲終わりでの余韻を残したあとにステージ演出用ミサイル型がステージ上手、下手から客席上に打ち上げられ 、そこで番組が終了する。 放送後 放送終了後にはNHK放送センターの1階食堂で出場歌手と司会者で打ち上げ会が行われる。 1月2日ごろに視聴率が発表され各メディアで話題になる。 あわせて1分単位の視聴率も発表されるため、「最高視聴率を獲得したのは誰か」も興味の的になる。 通常、トリまたはその付近の歌手が獲得する。 歴史 開始当初 - 1960年代• 終結直後のの大晦日に『』というが放送された(『紅白音楽試合』は非公開番組だった)。 番組は「新時代にふさわしい音楽番組を作ろう」と考えたディレクターのの発案であった。 近藤はの紅白試合を念頭に置きつつ、「Speed, Sexuality, Sports」という娯楽の3要素を取り入れた番組を制作しようとした。 当初は『紅白音楽合戦』の番組名で放送する予定だった が、が「敗戦国がバトルとは何事だ」との判断を下し、仕方がなく、バトルから試合という意味のマッチに変えたというものである。 勝敗の判定や審査員はなく、応援団に相当する者も存在しなかったという。 当時は大晦日に終夜電車はなく、終電に間に合わない歌手はの音楽部の部屋の椅子でざこ寝をしてもらっていた。 音楽試合ということから歌以外の出場者も登場し、、、による曲を披露した(ただし先述の通り、この『NHK紅白歌合戦』でも楽器演奏者・グループの出場は可能である)。 が歌った「」は元は「兵隊さんの汽車」という戦時童謡であったが、近藤が作詞者・に依頼して「兵隊さん 兵隊さん 万々歳」を「鉄橋だ 鉄橋だ 楽しいな」にするなどの変更を加えた。 また、大ヒットした「」で同年の新人・がベテラン勢と肩を並べて出場した(川田・並木とも、のちの『NHK紅白歌合戦』には生涯出場していない)。 この事実上の第1回の放送は大みそかの22時20分 - 24時00分(0時)での放送で「」であった。 午前0時からは『』を放送し、これが『』の原型となる。 あまりの好評となったが、当時は大晦日に同じ番組を続けるという発想はなく(当時同じ内容のものを翌年も放送するのは能なしと見なされていたという)、以降の大みそか番組として『紅白音楽試合』が編成されることはなかった。 しかし、スタッフは『紅白音楽試合』の反響の大きさを忘れられず、放送の約5年後の、「大みそかの番組でなければいいだろう」と正月番組として『』を放送した。 なお、第1回の出場歌手は全員12月31日放送のNHK『明星祭』に出演しなかった者である。 ()においては、放送前に出場歌手の曲目や曲順は公表されなかった (出場歌手は公表されており、放送前の1951年付の『』の番組紹介記事に出場歌手名の記載がある。 対抗戦形式を意識し、紅組キャプテンの、白組キャプテンのがそれぞれ相手の出方を見ながら誰に何を歌わせるかを決めるというものだった )。 ()までは正月番組として放送されていたが、同じ1953年の12月31日にはが放送され、この第4回を機に『紅白音楽試合』同様となる大みそかの放送が定着した。 またこれにより1953年は放送が2回あった。 なお、大みそかの開催を行った理由は当時年末年始には大みそかしか大規模な会場が開いていなかったことが一因という(番組側としても大みそかの方がトップ歌手を確保しやすいと踏んでいた)。 ただ番組側は大みそかに観客が集まるか不安がったという。 これはそれまで大みそか夜の催し物は絶対に当たらないというがあったためで、それを打破すべく第4回では出場歌手数を前回より5組増やす処置をとった。 正月開催時代、ステージ上方には「謹賀新年」のプレートが飾られていた。 また正月開催時代では、、、といった当時の人気歌手は正月公演のため、出場しなかったが 、これらの歌手も大みそか開催移行後に出場するようになった。 第3回から実況アナウンサーが登場するようになる。 初期ではこのポジションは「スポーツ」がコンセプトのひとつであることから、一線級のスポーツアナウンサーが務めていた。 第4回におけるテレビでの本放送開始と同時に視覚的な演出も行われるようになり、選手宣誓や優勝旗の返還や授与が開始された。 同回より番組名に回数がカウントされるようになる。 また初期3回はすべて白組優勝となったが、同回で紅組が初めて優勝を果たした。 初めて敗北を喫した白組の出場歌手は口を揃えて「テレビは怖い。 今回は(紅組女性軍の)衣装に負けた」と悔しがったという。 紅組歌手の衣装重視傾向は、のちのカラー放送開始後はさらに拍車がかかった。 1953年にNHKはテレビ本放送を開始したが、一般家庭へのテレビ普及には程遠く、テレビ番組として独自に制作をするには予算的にも厳しく、の人気番組を中継するということがしばしば行われており、紅白もそのひとつだった。 またしばらくはラジオが主でテレビが従という考え方で制作されていた。 会場は初期3回まではにあった旧NHK東京放送会館だった。 1953年12月・第4回のラジオ・テレビ同時中継開始以降はや(日劇)・・・ などを転々としたが、()以降はに固定されている。 なお、第72回(2021年)はNHKホールが耐震補強と設備更新などの工事で休館するため、で開催予定である。 紅白歌合戦がNHKホール以外で行われるのは()の東京宝塚劇場以来49年ぶりである。 黎明期の紅白は映像はおろか音声すら現存しないとされてきた(第1回に至っては写真も現存しない)が、在住の一般男性が()からラジオ中継の音声を録音していたテープが末に発見され、NHKに提供された。 同回以降、ラジオ中継の音声は、すべて上記の男性から提供されたものかどうかは詳細不明だが、()までのすべての回の音声が現存する。 一方、現存する写真は()が最古で、以後、すべての回の写真が現存する。 これは放送局用ビデオテープ(2インチVTR)は非常に高価で大型であり、収録された映像は放送終了後に消去されて他番組に使い回されていたためである。 そして、現存する映像は全編だと()が最古で、()はラジオ中継の音声とともに当時のニュースでごく一部が紹介された映像が残っている。 なお、()からとなったが、同回の映像はカラー・白黒とも現存せず、ラジオ中継の音声が現存する。 第15回を除いた第14回以降のはすべての回の映像が現存するが、ほぼ白黒のみ(()は欠落部分があるがカラーVTRが、()は保存状態はよくないがカラーフィルムも現存する)である。 ()はカラーで現存するがフィルム映像で保存状態がよくなく、一部が欠落している。 ()はカラーのビデオ映像で現存するが保存状態のよくない部分がある。 ()からNHKがVTRで保存するようになり、同回以降の映像はすべて安定したカラーのビデオ映像で現存する。 初期回の音声をNHKラジオ(ラジオ第1、)の特集番組 で紹介することがある。 ()まで出場歌手はソロ歌手に限られていた。 しかし、()に・・、がグループとして初めて選出され、以後グループも多く出場するようになった。 第13回(1962年)までグループは必ずグループと対戦する格好となっていた。 第14回(1963年)より、全国のファンからの関心が高まってきたことから当時の芸能局内に「紅白歌合戦実施委員会」を設置。 毎年秋になると同時に実施の準備が始まることになる。 の紅白では、外国曲の選曲が多く行われた。 黎明期(第7回ごろ)までは戦前・戦中派の歌手も常連として名を連ねていたが、()をもって戦前からの第一人者的存在であるが後進に道を譲る形で歌手としての出場を辞退。 以後、回を重ねるごとに戦前派の歌手の名は消えていく。 入れ替わるように、()では新世代デュオ歌手のが(姉妹または兄弟での出場はこれが初めて)、翌()ではの筆頭としての歌謡界を牽引するスター歌手となるや、ロカビリーブームの第一人者である平尾昌章(現・)が、()では当時NHKで放送中であった『』内の「今月の歌」コーナーから誕生した「」のヒットによりがそれぞれ初出場するなど、出場者の顔ぶれにも「世代交代」の色が年々強く反映されるようになっていく。 そして()では前年まで連続出場していた、、が落選、完全に戦後派の歌手のみの顔ぶれとなった。 ()前後まで、同じレコード会社の歌手同士を対戦させるのは極力控えていたという。 その後は同じレコード会社の歌手同士の対決も行われるようになったが、トリ対決についてはこの後もしばらくこの慣例が続いた。 紅組トリは第1回以降、()まで第4回を除き 一貫して所属の歌手が務めていた。 この慣例によりなどのコロムビア所属の男性歌手は白組トリを務めることができなかった。 紅白史上初めてコロムビア所属の歌手が白組トリを務めるのは()のまで待つことになる。 によるテレビ視聴率調査が第13回(1962年)から開始される(そして、いきなり80. 翌第14回(1963年)において、81. これは、紅白史上およびビデオリサーチ社の全統計史上最高のテレビ視聴率である。 は第14回 - 第23回まで、一貫して紅組トリ(ほとんどの回で大トリ)を務めていた。 しかし、先述の通り、翌に実弟が暴力団絡みの事件で逮捕されたことが発端となり、全国各地でひばり公演の開催中止が相次ぐなどして人気が急降下し、同年のも落選となった(その後、〈〉に藤山一郎とともに「30回記念特別ゲスト」扱いで1回のみ復帰、「」「」「」のメドレーを披露した)。 実際、NHK会長が「長い髪の毛のグループ・サウンズは出演させない」と発言し、国会で参考人招致される事態にまでなったほどである(参照)。 ()のはその一例である。 出演できたのは短髪ののみであった。 時が経ち、演歌歌手やアイドルが長髪にするケースも出たため当然ながら長髪は解禁になった。 はの施政権下にあったため、第15回(1964年)まではテレビで中継ができなかった。 本土と沖縄を結ぶテレビ中継用マイクロケーブルが完成した翌第16回(1965年)からテレビは、ラジオはがそれぞれをつけるという形で放送を開始した。 テレビは1968年にの中央放送局がテレビ放送を開始すると同年の第19回から同局での放送となり、1972年の本土復帰でとしての放送となった。 ラジオは1972年にNHK沖縄放送局がラジオ放送再開すると同年の第23回から同局での放送となった。 ()よりオープニングの入場行進時に出場歌手名がテロップで流れるようになった。 またから系列『』も同日の19時から21時に開催・テレビ生中継されるようになり、歌手の『レコード大賞』から紅白への移動が始まった(この大移動は『日本レコード大賞』の開催日変更によりで終了した)。 この時期では、『レコード大賞』と同じ衣装で出演する歌手も存在した。 1960年代後半からにかけて、ステージの後ろに出場歌手が並んで座る「歌手席」が設けられることが一般的だった。 詳細は以下を参照。 1970年代 - 1990年代• になると、、に代表されるアイドルの台頭、および、グループの人気によって、紅白で歌われる曲の質は一変した。 公共放送であるNHKは番組中で商品名の使用を規制しているが、かつてはその規制も特に厳しく、紅白でも歌詞に関するトラブルが起こった。 ()にの『』の歌詞に出てくる「クレパス」(の商標)を「クレヨン」に変えさせようとした結果、かぐや姫は出場を辞退した。 ()でもの『』の歌詞にある「真っ赤な」を「真っ赤なクルマ」に変えさせようとしたが、実際には原詞通り歌われた(ちなみに、別音楽番組『』『』では「真っ赤なクルマ」として歌った)。 ()にもの『』で、松平を示す「マツケン」が規制の対象となった場合の歌詞の扱いについて作詞者・と協議している旨が一部メディアで報じられたが、実際には規制されなかった。 視聴率は、1970年代から前半はなお驚異的に高い域にあった。 ()から9年間白組司会を務めたが交代となった理由のひとつは視聴率の降下であるが、それでも最後の担当回である()の視聴率は69. とりわけ、の引退舞台となった()の視聴率は78. ところが、以後は視聴率が大幅に落ち込むようになった。 ()から開始。 ()からこれまでホールの後ろから観客席を通って入場行進していた出場歌手は舞台の後ろから入場行進をするようになった。 セットが見直され、大幅な舞台装置の交換が本番中にも可能となった。 また応援合戦が少なくなり、歌手席が初めと終わりを除いて設置されなくなった(応援合戦の内容も従来の対抗色が強いものから紅白歌手入り乱れての内容が中心となった)。 1980年代半ばごろから応援合戦のみは復活したものの、歌手席は初めと終わりにも設置されなくなった。 ()から入場行進、優勝旗返還、(両組司会や出場歌手の代表が行う)選手宣誓 が省略され、さらにそれまではステージ上やで演奏していたオーケストラが表舞台に出演しなくなった。 ()ではオーケストラが小規模ではあるが、久々に表舞台で演奏した。 その後、()で生演奏は廃止、バンドなどを除き事前に録音した伴奏を用いたものに変更された。 同回よりエンディングの演出が華やかで明るいものとなる。 ()までは、厳かで徐々に照明が暗くなっていく演出があった回もあった。 第31回(1980年)から第35回(1984年)の期間は「歌手による歌の祭典」という原点に立ち返るために原則応援ゲストを起用しなかった(まったく応援ゲストが登場しなかった回もある)。 第33回(1982年)より、原則ほぼすべての歌唱曲のがテレビ画面上に登場するようになった。 また同回では通常、出場歌手発表後に決める曲目選定を出場歌手選考中の同年から行った。 各レコード会社に「今年紅白に出場させたい人たちのリストを作り、歌唱希望曲を3つ書いて提出を求めるという試みを行った(歌唱希望曲については、自身の過去のヒット曲でも他人の持ち歌でも構わない」とのものであった)。 ヒット曲不足の1年を振り返り、曲目によっては出演危機の歌手にもチャンスが与えられるような印象が業界に広まり、また出場させたいリストをレコード会社が提出した時点で出演意思の判断ができるということにもなった。 ()- それまでステージ上には紅組白組それぞれにバック演奏を務めるフルバンドと東京放送管弦楽団を配していたが、この年からなくなった。 () - ()まで金杯・銀杯の授与が採用され、優勝チームから金杯の受賞者が、敗退チームから銀杯の受賞者が選出されることとなった。 1980年代の紅白はそれまでより話題を集めにくくなっていた。 この時期にもっとも注目されたもののひとつがの衣装であった。 小林の衣装は1980年代半ばから派手になり、第36回(1985年)の『』でを、翌()の『』ではの衣装を披露した。 ()の『』では鳥となって飛んだ。 1990年代になると、小林との豪華衣装対決が注目されるようになる(2人が直接対決となった回もある)。 小林が巨大な機械仕掛けなのに対し、美川は間奏などに監修のイリュージョンで対抗している。 ちなみに、小林と美川が紅白で着用する豪華衣装は高額な予算(数億単位の場合も)をかけて本番・出場歌手発表のはるか前である時期から制作開始される ほか、2人の着用衣装は大みそか当日のや民放のやで本番前ながら紹介されていた。 またこの2人以外にも紅白で豪華衣装を披露する歌手が登場することがある。 テレビでの実況は第38回(1987年)が最後となり、翌()からはラジオでの実況のみとなった。 ()から紅白は2部構成になった。 同年が崩御し、「を振り返る」という意味もあったが視聴者の音楽の好みが多様化し、多くの曲を揃えなければ需要に応えられないという視聴率対策の意味合いがあった。 この試みは功を奏し、視聴率低落傾向に一応の歯止めがかかった。 1989年以降、紅白の平均視聴率が低下したことなどを理由に、紅白の廃止が検討されたことがあるが、その都度廃止は取りやめとなっている。 詳細は「」を参照• 1990年代にはの作詞作曲した楽曲が市場を制覇したが、その影響は紅白にも表れ、多数の歌手が出場した。 ()において、初めてNHKホール以外から中継で歌唱するという演出が行われた。 番組内で中継を挿入する企画はこれより以前からあったが、「ステージ上からパフォーマンスを届けることが紅白」との制作者側の共通認識から中継歌唱は行われてこなかった。 このときは長渕剛がベルリンから15分にわたって3曲を歌った。 しかし、中継先で歌う演出はNHKホールの観客やほかの紅白出場歌手達にも不評を買い、その後、中継先で歌う演出は12年後の第53回(2002年)まで行わなかった(一方、中継演出が復活してからはその演出が定着している)。 また、前年は採点の対象は第2部だけだったが、同回からは第1部も採点の対象となった。 その影響で、同回から放送時間の前半が『』とバッティングするようになり、歌手の奪い合いや掛け持ちによる大移動などの問題がさらに大きくなった(まで)。 は紅白が『レコード大賞』の裏番組となることに大慌てとなったという。 第42回(1991年)以降、オープニングに趣向を凝らした大がかりな構成・演出が行われるようになった。 開会宣言を大物著名人が行うこともある。 同回では、21時前のニュースによる中断までを第1部、21時から22時30分(・の対戦カードまで)までを第2部、22時30分から終了までを第3部とする計3部構成がとられた。 1990年代以降、オリジナルソング・テーマソングを制作し、番組内で出場歌手らによって大合唱されるという演出が行われることがある(このときは参加者が楽譜を持って歌唱となる場合もあり)。 これらの曲がのちにCD発売される、『』で放送される、課題曲に起用されるということもある。 また翌年の紅白で出場歌手の歌唱曲として歌唱されるケースもある。 1990年代以降、とのコラボレーション演出が行われることが多々ある。 () - 第48回(1997年)までその年のの優勝者に紅白の出場権が与えられた(にNHK新人歌謡コンテストは廃止)。 紅白におけるNHKのロゴマークが()から更新された。 1990年代後半を中心にバンドのブームが起こり、・・・らが出場した。 ()については、番組終了後、後座番組『ゆく年くる年』放送中の23時58分(30秒)ごろより画面が紅白終了直後のNHKホール内の映像に切り替わり、紅白出演者および観客によるに向けてのの模様が放送された。 その後、同回のオリジナルソングとして制作された『』の出演者による大合唱も行われた。 通常、総合テレビの年越しの瞬間は『ゆく年くる年』内でシンプルに進行しており、さまざまな形式(大勢が賑やかに迎えることが通例)で新年のカウントダウンが行われる民放テレビ各局の年越し番組とは確実な差異があるが、この際は例外であった。 詳細は、以下を参照。 2000年代 -• また、常連の出場歌手の中には全盛期を過ぎていたり、音楽セールスや絶対的な知名度があるとはいえないような者が多くを占めるようになる。 演歌歌手は紅白に出るか出ないかで翌年の営業(コンサートなど)が大きく変わることから、紅白を敬遠する人は少なく、ポップス歌手のように辞退することがほとんどないためである。 ()における最初の紅白は、世界初、生娯楽番組でのリアルタイム字幕放送として放送。 また、民放各局もかつては大晦日の番組も通常編成で、紅白の「不戦勝」状態が続いていたが、このころから紅白に対抗する番組編成に乗り出す。 特に()では『』(系列)でのVS戦時の視聴率が、紅白開始時1分間の例外を除けば調査開始以来初めて瞬間視聴率を4分間逆転されるという事態が発生した(このとき、紅白で出ていたのは)。 そのため、製作者サイドも新しい紅白へ変えるべく、従来の紅白から外れた取り組みを行っている。 ()において、番組側は「日本音楽界の総決算」をテーマに掲げ、出場歌手・曲目の多ジャンル化を決行。 ()まで常連だった演歌歌手が次々に落選となり、同回以降、演歌歌手の出演数が従来の半分以下になった。 NHK関係者は「出場歌手別に視聴率を調査すると演歌のときが目立って下がる。 やむを得ない」と語っている。 第54回(2003年)、『』が大ヒットしたが大トリをつとめる。 以降、演歌歌手が終盤を固める従来の構図は徐々に崩されていき、2010年代に入るとポップス系の歌手が終盤を占めるようになる。 2010年代に入ると、演歌の業界の縮小にともない演歌歌手は出場自体が困難になり、常連の演歌歌手が「勇退」という形で相次いで紅白を去った(ただし中堅歌手の返り咲きや若手歌手の抜擢などによる入れ替わりがあり、人数が激減したわけではない)。 ()を境に、出場歌手一同で行うアトラクションが廃止され、歌重視のシンプルな構成になる。 同年から記念()までの3年間は通し計画「歌力(うたぢから)」を設け、その一環で2007年は『』が放送された。 以降、各年ごとにテーマが設けられる。 第59回(2008年)以降、()を除き、エンディングにて、得点集計の間、全出場歌手登場シーンのハイライトを放送している。 第60回(2009年)以降、の「見逃し番組サービス」で翌元日から10日間前後にわたり、有料配信を行っている。 ジャニーズ事務所所属タレントが出演する番組のインターネット配信はこのケースが史上初となる。 従来の紅白はステージ本体ですべて完結していたが、()に楽屋ロビーからの中継が入ったのを皮切りに、出番外の歌手のトークや番組の裏側紹介などが行われるようになる(副音声の「紅白裏トーク」、生配信の「紅白楽屋トーク」など、同時進行で放送される形態もある)。 2004年には、紅白も担当したNHKプロデューサーが5,000万円近い制作費を不正支出していたことが明るみに出て、NHKは激しい批判にさらされることになった。 紅白のあり方についても見直しが提起され、同年の第55回では出場歌手選考の透明感を出すことを目的に「紅白に出場してほしい歌手」と題された世論調査(7歳以上の3,600人を対象に「出場してほしい男女それぞれ2組の歌手」を記入してもらう)が実施された。 ただ、歌手からの反発もあり、翌年の第56回(2005年)には視聴者から紅白で聞きたい歌を募ったアンケート『』が実施された。 しかし、こちらもが多く寄せられるなどトラブルがあり、1年限りで廃止となった。 第55回(2004年)で審査方法に対する苦情が多く寄せられた(後述)ことから、翌年の第56回は全審査員の投票数すべてをそのまま反映する方式を採用した。 2000年代前半は、NHKアナウンサーが紅組および白組の司会を担当することが多くあったが、第59回(2008年)以降は、白組司会はの所属タレントが務めるようになり(2019年現在、12年連続で継続中である)、紅組司会は、NHKの看板番組である『大河ドラマ』や『』のヒロイン女優(あるいはヒロイン経験者)が基本的に務めるようになっている。 第59回にはが、()にはがそれぞれ初出演し、以降は例年「辞退組」の招聘に成功している。 矢沢は「特別枠」での出演であり、以降の「辞退組」も、対戦の枠外、なおかつ中継での出演が多い。 2000年代半ばごろからNHKホール外からの中継が復活し、中継のステージが毎年数組入るようになっている。 大物歌手がコンサート会場から中継出演 するほか、NHK側がステージ(あるいは中継会場)を用意するケース もあり、特に後者は大々的な演出が行われるようになる。 中継で出演すること自体にはやが苦言を述べたことがあり、北島は「ホール側に穴が開く」と表現した。 2010年代になってCG技術が飛躍的に進歩を遂げると、それを用いた映像技術を駆使した演出が行われるようになった。 ()から()までは、生演奏のバックバンドが完全に消え事実上の「カラオケ」状態での歌唱となっていた。 2000年代半ばごろから「男女対抗」というコンセプトが薄められるような演出がみられるようになった。 一例として、()では紅組常連のがとコラボレーションして白組から出場し、男性コメディアンの()が女装キャラクター「」として紅組から出場した。 また、()では前年白組司会を務めたが紅組司会を担当(歌手としてはのメンバーとして白組から出場)し、またこの年の以降、白組司会者も下手側花道で進行を行うようになった(それまでの白組司会者は上手側花道で進行していた)。 男女対抗形式が廃止される可能性も報道されている。 、『』が放送。 3月から6月まで、NHKホールの耐震工事にともない長期休館するため、当該期間に放送予定の第72回はで実施される。 NHKホール以外の会場で実施するのは第23回以来49年ぶり、同ホール運用開始以来初となる。 詳細は、以下を参照。 審査方法の変遷 期間 審査方法? - () 審査員が紅白に塗り分けた団扇の優勢だと思う方をステージ上に向けた数の多かったチームが優勝。 ()・() 各地方放送局のアナウンサーが地方審査員のポイントを公表。 加えて、審査委員長のNHK芸能局長がステージ上で特別審査員のポイントを追加、公表し優勝チームを発表。 会場の電光掲示板にも表示される。 () - () 特別審査員が宝箱にボールを入れ、両軍司会がステージ袖に向かってボールを投げ、ボールの数の多いチームが優勝。 箱の中にはかごが2つ入っており、ラジオ第1『』では、この方式で勝敗を決めている(審査員は3名。 3回戦まで行なうためボールは合計9個)。 () - () 得点集計センターのオペレーターが電話で地域代表が優勢と判断したチームを聞き、両組の得点を集計する。 その後、特別審査員がスイッチで1ポイントずつ点数を入れ、地域代表の審査結果と合計した点数を電光掲示板に表示し、点数の多かったチームが優勝。 ()からNHKの放送会館内の特設スタジオに電話オペレーターを置き、全国数ヶ所の一般審査員制を導入。 この方式は3年後の()から復活し第31回まで行われた。 () - () 客席審査員として会場の観客全員も審査を開始。 観客が優勢と判断した色のうちわやカード(第32回(1981年)はカード。 団扇には組司会の似顔絵が描かれている)で示し、双眼鏡を持ったが数える風景は恒例となった(() - ()は行われず。 第37回(1986年)では、中央の巨大モニターに得票数を帯グラフで表示する方式だった。 第42回(1991年)における観客審査の方式は、型の風船につけたマイクを使い、歓声の大きさで決めるというものだった)。 団扇による得票数は、その年のそろ盤日本一が暗算にて計算。 ()までは階毎に分けてそろ盤日本一が発表していたが、翌()以降は全階一緒に発表するかたちに変更している。 それに伴ってそろ盤日本一による発表もなくなり、代わりに緑色のユニフォームを着用した珠算有段者数名が野鳥の会と同じ場所で集計を行って総合司会が得票数を発表していた。 団扇の得票数が多かったチームにボールが加算され、ゲスト審査員のボールの数と合わせて、紅白それぞれの箱に加えられたボールを両軍の代表者(当初は両軍の歌手キャプテンが行っていたが、後に両軍司会に変更)が客席に向かって投げる。 ボールの個数の多かったチームが優勝。 なお、日本野鳥の会がこれを担当したのは第32回(1981年) - ()と()であり、() - ()、()、()、()は野鳥研究部が担当している。 日本野鳥の会および麻布大学野鳥研究部によると、紅白用にわざわざスケジュールを空けているという。 いずれも紅白それぞれのジャケットを着用し、上手・下手の進行席に分かれて集計を行っていた。 ()・() デジタル放送(第53回からはBSデジタル放送、第54回からは地上デジタル放送でも)の双方向機能を利用したお茶の間審査員による投票が行われるようになった(リモコンで紅組の場合は赤ボタン。 白組の場合は青ボタンを押して投票)。 客席審査同様、お茶の間審査で優勢だったチームにボールが2個加算される。 申し込みの際、デジタル総合テレビとデジタル衛星ハイビジョンが両方受信できる場合はどちらか一方のチャンネルのデータ放送で申し込みすればデジタル総合テレビ・デジタル衛星ハイビジョンのどちらでも双方向通信による投票が可能である(受信機1台に付き、1回の申し込みで可)。 地上デジタル放送が受信できない地域ではデジタル衛星ハイビジョンのデータ放送からの申し込みとなる。 客席審査員(前者は観客の一部、後者は観客全員)はボールを使う投票方式。 これは、『』の方式によるものである(詳細は を参照)。 を使っての計測が一時姿を消すことになった。 その後、第64回(2013年)でこの計測が復活する。 () 客席は審査に参加せず、特別審査員(11票)とお茶の間デジタル審査員(2票)の13個のボールで勝敗を争うかたちとなった。 お茶の間審査では白組の圧勝だったが、ゲスト審査員の8人が紅組に投票したため紅組の優勝という結果となった。 () 審査員の投票総数で勝敗を競う方式に変更された。 ゲスト審査員10名と「デジタルTV審査員」と新設された「ケータイ審査員」(抽選で選ばれた10,000名)に加え、2年ぶりに復活する会場審査(3,000名程度)を加えた人数で勝敗を競う。 これは前年の件やに伴う信頼回復策の一環として視聴者の意見を重視してイメージアップを図ることが目的だったという。 また、「デジタルTV審査員」と「ケータイ審査員」への応募者の中から抽選で各10名、計20名が「ふるさと審査員」としてNHKホールに招待された(「ふるさと審査員」がNHKホールに赴く際にかかる費用はNHK持ちとなっていた)。 会場審査はゲスト審査員・ふるさと審査員も含め、専用の紅白の団扇をステージ上のレーダーに向ける『』のブレイクレーダー方式が用いられた。 () の双方向機能による「ワンセグ審査員」がスタート。 「ケータイ審査員」と同様抽選で選ばれ、同回はそれぞれ15,000名に増員、「ふるさと審査員」も30名に増員されるが、ボールを使う投票方式に戻され、特別審査員は1人1個、それ以外は得票数を数個のボールに置き換えるかたちとなった。 この関係で状況によっては(従来ではこのボールが奇数になるためにありえなかった)引き分けによる両軍優勝の可能性もあった。 「ケータイ審査員」は抽選となったが、「ワンセグ審査員」は対応機種が少数派のためか締め切りを過ぎても定員に達せず、放送当日まで募集を行った。 () 「ケータイ審査員」が50,000名に増員、「ワンセグ審査員」は無制限となり、審査方法は再び審査員の投票総数で勝敗を競う方式になった。 これには中間審査の票数も加算される。 中間審査は前年までの1回から2回に増える(投票開始時間は20時00分頃、21時15分頃、23時35分頃。 投票可能時間は約3分)。 審査結果発表はのの色が紅か白に変わることで発表(通常の照明を消した後に紅か白を点灯する)。 () - () 同様の審査方式であるが中間審査は1回のみとなり、結果発表はステージ上のパネルに映し出す形を採用。 ()・() 基本の審査方法はこれまでと同じだが、最終審査のみの得票数で競うかたちを採用。 第63回からはからの参加も可能となった(定員あり)。 () 第57回以来7年ぶりにボール審査が復活した。 ()・() 団扇での投票と似ているが、ゲスト・客席ともに、を赤か白かどちらかに点灯させて審査を行った(計測は麻布大学野鳥研究部が担当)。 () 第64回同様、ボール審査を実施。 視聴者は対戦ごとに1票の投票になった。 視聴者審査員、会場審査員は優勢だったほうにボール2個。 ゲスト審査員は1人でボール1個。 視聴者と会場審査員では白組が優勢だったが、会場審査員の多くが紅組に投票したため紅組の優勝となった。 () 視聴者は1対戦ごと1票。 会場とゲスト審査員は最後に1票投票し、全ての票の合計が多かったほうが優勝となった。 会場審査員の投票は団扇での投票になった。 () - 視聴者の投票は、中間審査と最終審査の2回に戻される。 視聴者・ゲスト・会場の票が多かったほうに1ポイントが与えられ、2ポイント以上を獲得したほうが優勝。 会場の変遷• 第1回 - 第3回:第1スタジオ• 第4回、第11回:• 第5回:• 第6回:• 第7回、第8回、第10回、第12回 - 第23回:• 第9回:• 第24回 - 第71回、第73回 - (予定):• 第72回(予定): 各回の概要 先行トップバッターおよび大トリを務めた組、組司会の出場歌手兼任については書きかけです。 2019年までの通算成績は紅組31勝・白組39勝で白組がリードしている。 連勝は紅組が3連勝、白組が6連勝が最多である。 回数 放送日 放送時間 紅組司会 白組司会 総合司会 優勝 平均視聴率 20:00-21:00 白 記録なし 1月3日 19:30-21:00 白 19:30-21:00 白 1953年 21:15-22:45 紅 12月31日 21:15-23:00 紅 12月31日 21:15-23:00 宮田輝 紅 5-4 12月31日 21:05-23:00 白 12月31日 21:05-23:00 水の江瀧子 紅 (7-4) 12月31日 21:10-23:35 紅 (7-4) 12月31日 21:05-23:35 紅 (7-4) 12月31日 21:00-23:40 白 12月31日 21:00-23:40 白 12月31日 21:00-23:45 宮田輝 石井鐘三郎 白 80. 第1 - 12回の視聴率はビデオリサーチ設立前のため記録なし。 一部の回の優勝チームに付記された括弧内の数字は、最終審査結果の票数。 総合司会のうち、第18回までと第25回の土門・中江、第34回のタモリ、第45回の宮川の名義は「進行役」。 また、総合司会が正式であるものは第19回から第20回、第34回から第55回、第57回からである。 第56回については当初司会者の区別は設定せず、上記の4人によるグループ司会で進行すると発表されたが、実際の放送では仲間がおもに紅組歌手、山本がおもに白組歌手の曲を中心に司会(エンディング時の優勝旗授与も山本が優勝旗を受け取った)、みのは実質上生放送の全 すべての進行を統括する総合司会的な役割、山根は進行役的役割という形式で役割分担がなされた。 上記の表では実質的な役割に従って氏名を記載した。 嵐は、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、から構成されるグループである。 ラジオ実況担当 回数 アナウンサー 第51回(2000年) 阿部渉 第52回(2001年) 小野文惠、 第53回(2002年) 小野文惠、高市佳明 第54回(2003年) 小野文惠、 第55回(2004年) 藤崎弘士、住吉美紀 第56回(2005年) 藤崎弘士、黒崎めぐみ 第57回(2006年) 、 第58回(2007年) 小田切千、 第59回(2008年) 、 第60回(2009年) 山田康弘、神田愛花 第61回(2010年) 、黒崎めぐみ 第62回(2011年) 小松宏司、 第63回(2012年) 、橋本奈穂子 第64回(2013年) 、 第65回(2014年) 青井実、 第66回(2015年) 、高山哲哉 第67回(2016年) 、 第68回(2017年) 、二宮直輝 第69回(2018年) 、 第70回(2019年) 、 歴代トップバッター歌手とその曲目 先攻トップバッターを務めたチームで色付きがないのである不明のケースが分かったら色を加えるようよろしくお願い致します。 色付きの枠が先攻トップバッター(不明のケースもある)。 ( )は通算出場回数、[ ]は通算トップバッター回数を示す。 回数 年 紅組トップバッター 白組トップバッター 歌手 曲目 歌手 曲目 初 [初] 初 [初] 2 [初] 2 [初] 1月 2 [初] 林伊佐緒 3 [2] 1953年 12月 2 [初] 3 [初] 初 [初] 4 [初] 2 [初] 鶴田六郎 5 [2] 荒井恵子 3 [2] 岡本敦郎 6 [2] 初 [初] 2 [初] 荒井恵子 4 [3] 岡本敦郎 7 [3] 荒井恵子 5 [4] 曾根史郎 4 [2] 荒井恵子 6 [5] 4 [初] 4 [初] 4 [初] 初 [初] 初 [初] 2 [初] 初 [初] 朝丘雪路 7 [2] 2 [初] 2 [初] 3 [初] 5 [初] 3 [初] 3 [初] 舟木一夫 5 [2] 4 [初] 5 [初] 3 [初] 3 [初] 水前寺清子 6 [2] 10 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 5 [初] 3 [初] 布施明 7 [2] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 山口百恵 3 [2] 5 [初] 4 [初] 5 [初] 初 [初] 郷ひろみ 6 [2] 初 [初] 郷ひろみ 7 [3] 榊原郁恵 3 [2] 郷ひろみ 8 [4] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 岩崎宏美 9 [2] 西城秀樹 10 [2] 2 [初] シブがき隊 3 [2] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 15 [初] 森進一 20 [2] 初 [初] 初 [初] 光GENJI '88メドレー 6 [初] 2 [初] 初 [初] 光GENJI 3 [2] 初 [初] 初 [初] 2 [初] 2 [初] 初 [初] 3 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] SPEED 2 [2] 初 [初] 2 [初] DA PUMP 2 [2] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 初 [初] 2 [初] w-inds. 2 [2] 初 [初] 11 [初] 18 [初] 細川たかし 31 [2] 初 [初] w-inds. 5 [3] モーニング娘。 10 [2] 初 [初] 初 [初] Special LOVE Mix 〜幸せの平成20周年 Ver. 〜 初 [初] 30 [初] 7 [初] 初 [初] -紅白スペシャルパージョン- 郷ひろみ 32 [6] 2億4千万の瞳-エキゾチック"GO! "ジャパン- 歴代トリ歌手とその曲目 大トリを務めたチームで色付きがないのである不明のケースが分かったら色を加えるよう宜しくお願い致します。 色付きの枠が大トリ(不明のケースもある)。 ( )は通算出場回数、[ ]は通算トリ回数を示す。 回数 年 紅組トリ 白組トリ 歌手 曲目 歌手 曲目 (初) [初] (初) [初] 渡辺はま子(2) [2] 藤山一郎(2) [2] 1月 (2) [初] (2) [初] 1953年 12月 (初) [初] 藤山一郎(4) [3] 渡辺はま子(4) [3] (3) [初] (6) [初] 藤山一郎(6) [4] 笠置シヅ子(4) [2] 灰田勝彦(4) [2] (2) [初] (2) [初] 美空ひばり(3) [2] 三橋美智也(3) [2] 美空ひばり(4) [3] (5) [初] (4) [初] 三橋美智也(5) [3] 島倉千代子(5) [2] (4) [初] 島倉千代子(6) [3] 三橋美智也(7) [4] 美空ひばり(8) [4] 三波春夫(6) [2] 美空ひばり(9) [5] 三波春夫(7) [3] 美空ひばり(10) [6] 柔 (6) [初] 美空ひばり(11) [7] 三波春夫(8) [4] 美空ひばり(12) [8] 三波春夫(9) [5] 美空ひばり(13) [9] 橋幸夫(9) [2] 美空ひばり(14) [10] (2) [初] 美空ひばり(15) [11] 森進一(3) [2] 美空ひばり(16) [12] 森進一(4) [3] 美空ひばり(17) [13] (10) [初] 島倉千代子(17) [4」 北島三郎(11) [2] 島倉千代子(18) [5] 襟裳岬 森進一(7) [4] 島倉千代子(19) [6] (5) [初] (12) [初] 五木ひろし(6) [2] (5) [初] 五木ひろし(7) [3] (5)[初] (6) [初] 八代亜紀(7) [2] 五木ひろし(9) [4] 八代亜紀(8) [3] 五木ひろし(10) [5] (9) [初] 北島三郎(19) [3] 都はるみ(18) [2] 森進一(15) [5] (19) [初] (9) [初] 都はるみ(20) [3] 〜 森進一(17) [6] 森昌子(13) [2] 森進一(18) [7] (9) [初] 森進一(19) [8] (11) [初] 五木ひろし(17) [6] (10) [初] 北島三郎(25) [4] 石川さゆり(12) [2] 北島三郎(26) [5] 都はるみ(22) [4] 森進一(23) [9] おふくろさん 和田アキ子(15) [2] (5) [初] (13) [初] 〜 北島三郎(29) [6] 帰ろかな 石川さゆり(16) [3] 北島三郎(30) [7] 都はるみ(26) [5] 五木ひろし(24) [7] 和田アキ子(19) [3] 細川たかし(21) [2] (9) [初] 北島三郎(33) [8] 風雪ながれ旅 (3) [初] 五木ひろし(27) [8] 千曲川 和田アキ子(22) [4] 五木ひろし(28) [9] 和田アキ子(23) [5] あの鐘を鳴らすのはあなた 北島三郎(36) [9] まつり (5) [初] 五木ひろし(30) [10] 和田アキ子(25) [6] 北島三郎(38) [10] 石川さゆり(25) [4] 天城越え 五木ひろし(32) [11] 天童よしみ(8) [2] (12) [初] 小林幸子(26) [2] 雪椿 五木ひろし(34) [12] 天童よしみ(10) [3] SMAP(13) [2] (19) [初] 北島三郎(43) [11] まつり 石川さゆり(30) [5] 津軽海峡・冬景色 五木ひろし(37) [13] 和田アキ子(32) [7] 夢 (9) [初] (13) [初] その先へ 〜紅白スペシャルバージョン〜 北島三郎(46) [12] まつり DREAMS COME TRUE(14) [2] feat. ()のビデオリサーチによる調査開始以降での最高視聴率は()の81. 以下略)。 前半までは「お化け番組」「怪物番組」とも称された。 最低視聴率は()の39. ほぼ毎回、年間視聴率では民放の人気番組を抑え、上位にランクインしており、ほとんどの回で1位となっている。 毎分視聴率についても一般に公表(前後)され、どの歌手の部分の視聴率が高かったかも話題となることがある。 「紅白効果」 紅白出演がアーティストの翌年初頭のCD売り上げに少なからず影響を与える。 この現象は俗に「紅白効果」と呼ばれている。 また紅白歌唱を機に注目され大ヒット・再ヒットした楽曲を翌年の紅白で連続して歌唱するというケースもみられる(その際、再度の「紅白効果」が生まれたというケースもある)。 「紅白効果」はヒット曲のみならず、歌い継がれる「名曲」をも生み出すとの向きもある。 紅白出演後(翌年)に紅白で歌われた曲がオリコンシングルチャートで週間1位を獲得したケースは以下。 ():『』(前年末からそのまま連続首位を維持)• ():『』(前年末からそのまま連続首位を維持)• ():『』• ():『』(返り咲き)• ():『』• ():『』(返り咲き)• ():『』• ():『』• ():『』• ():『』 紅白出演後(翌年)に紅白で歌われた曲がBillboard Japan Hot 100で週間1位を獲得したケースは以下。 第62回(2011年):植村花菜『トイレの神様』• ():『』(返り咲き)• ():『』(前年末に返り咲きそのまま連続首位を維持)• ():安室奈美恵『』• ():『』(前年末に返り咲きそのまま連続首位を維持)、『』• 第70回(2019年):『』(前年末に返り咲きそのまま連続首位を維持) 番組進行に際して 進行にあたっては、台本と合わせても用意される。 司会者に対し、スタッフから開始早々のタイミングで「巻き」(スタッフから出演者に早く進行するよう指示が入ること)が入ることも珍しくなく、放送内でアドリブを入れることもなかなかできないという。 そのほか、司会者が生本番内で言い間違いや失言をして話題となった事例がある(ごろまでは司会者の言い間違いなどのハプニングは一切許されないというほどの厳格さがあったが、のちにこのような演出やハプニングはある程度認められるようになった)。 これに関連して総合司会経験者のは「NHKホールには魔物が住んでいる」「これまで多くの魔物が先輩の司会者たちを苦しめてきた」と語っている。 ただし、これらは現代紅白のものであり、ごろまでは司会者によるアドリブや自由演出がごく当たり前のように行われていた。 一例として、()では本番内において、白組司会のが白組歌手のに対し、歌唱曲を当初予定の『俺たちの花』から『』に変更することを持ちかけて歌唱させたという出来事があった。 ()までは大部分を両組司会がそれぞれ(紅組)、上手(白組)(〈〉のみ逆であった)に分かれて別々に進行するものだったが、()からは一部を除き下手席で両組司会が揃って進行する形となった。 一方で、その「予定調和」を逆手に取り、アーティストが番組にも無断で不意打ちパフォーマンスを行うこともある。 紅白でのパフォーマンスなのでのちに大問題になり、アーティストがNHKに出入り禁止を喰らうこともある。 これまでのおもなパフォーマンスとしては、以下が挙げられる(詳しくは当該の回やアーティストの項目を参照)。 () - のがを化した衣装と歌い方をした。 「とにかく、受信料は払いましょう! 」「裏番組(を見たい場合)はビデオで見ましょう! 」という発言で、賛否両論が巻き起こった。 桑田本人はのちにNHKに詫び状を書かされ、「詫び状なんか書くくらいなら2度と出ない! 」と、のちの紅白(ひいてはNHK)との確執につながったことを明かしている。 () - が歌唱中にセットを壊し、終了間際にギターを燃やした。 () - がパンツ1枚という衣装で登場した。 は赤色、は白色に全身を塗っていた。 後ろを向くと、背中に「受信料を払おう」と書いてあった。 () - が首に白い液体を入れたの形をした風船をいくつも巻きつけて登場した。 さらに、演奏途中では尻を露出した。 () - (の)が全身肌色のボディスーツを着て股間の部分にキノコの模型をつけた姿で舞台に登場。 女性バックダンサーも同様の格好でに見えたため、「公共放送で、しかもであることの配慮がない」としてNHKに苦情が殺到した。 総合司会のが番組中に「全裸ではない」と説明した。 その後、(BPO)から回答要請を受けた。 この影響によりDJ OZMAは活動を一時休止を余儀なくされ、その後も活動に大きな制約がかかるなど尾を引き続け、これが最終的にはの「引退」宣言にまでつながることになった。 第57回(2006年) - 作詞の『』を歌唱したが川内に無断でセリフを入れた同曲を披露。 これに川内が激怒し騒動となった(「」を参照)。 観覧方法• 初期では先着入場順制であり、当日は会場を取り囲むように長蛇の列ができていたという。 のちに観覧募集制に移行した。 NHKホールでの観覧(3,000人)は官製往復のみで応募が受け付けられる。 毎回多数の応募が集まるため、抽選となる。 毎年10月中旬ごろに応募要項が告知され、11月初旬ごろに応募が締め切られる。 その後、12月上旬ごろに返信発送される。 当選通知がそのまま入場整理券となる。 整理券(当選はがき)1枚に付き2人分(1歳以上から入場券が必要)まで、当日にNHKホールの座席券と交換できる。 座席は無作為に選ばれ、交換するまで分からない。 ()は約59万1,274通(倍率:約437倍)であり、に入ってから爆発的な増加傾向が見られる。 ただし、1人何通応募しても当選は1通のみ、複数口の応募者が多数いるため実際の倍率はもっと低い。 NHKは入場券の転売を禁止としているが、入場券がネットオークションで出品されることが増えている(高額料金になるものも)。 ただし、入場の際には整理券に加え、本人確認が実施されるため他人名義で当選したものでは入場できない。 また、1月には偽造した入場券を販売していた男性が逮捕される事態も発生している。 なお、()の募集から、応募資格が次のいずれかに制限されることになった。 「NHK受信料を支払いしている者」(口座からの引き落としでも可能)• 「新たにNHK受信料を支払いする者」• 「NHKが定めている受信料免除者」• 「上記のいずれかにあてはまる()」 上記はいずれも口座からの引き落としでも可能。 これにより、NHKの受信料を滞納、もしくは不払いの者は応募できなくなる。 そのため、往信側のはがきには受信料負担者名の記入が必要となる。 これはほかの公開放送番組の応募(例:『』)で実施されていたものと同様である。 規則で禁止されている当選はがきの転売行為については観覧当日にを用いた厳格な本人確認を実施することで対策を講じている。 その他• 紅白の制作費は3億円程度とされる。 紅白に携わる者のうち、NHKから弁当が用意されるのは司会者とスタッフのみ。 出場歌手は自前で弁当を取り寄せる。 自粛ムードが高まった年では紅白が中止になるかと懸念されたこともある が、中止となったケースはない。 、は系列『』(以降は12月30日開催のため直接の競合はしていない)が生裏番組だった時代に、そちらの司会を兼任しながら紅白に出場した回がある(前者は、後者は)。 ほかにも生裏番組や前後時間帯の番組と掛け持ちしながら紅白に出演する者が存在している。 急な出場者変更(先述)や出場歌手が本来の出番に遅刻(別の仕事と掛け持ちにより)した場合、予定していた歌唱順を入れ替えたという事例もある。 客席に出場歌手の身内が招かれ、該当歌手歌唱前に身内にインタビューがされたり、歌唱中に観覧する姿が映されたりすることがある。 紅白初出場がテレビ・ラジオといったメディアへの初出演となったり 、テレビ生放送への初出演となった歌手 もいる。 また出演歌手による紅白での歌唱がテレビ初披露もしくはNHKでの初披露となった楽曲もある。 身内同士で同時出場・出演(コラボ演奏・歌唱が実現したこともある)するケースがあるほか、元夫婦が同時出場した事例もある。 また、交際者同士あるいは元交際者同士を直接対決にするなど、意図的に演出を行うこともある。 メディアは紅白、制作・系列『』、系列『』の3番組を「日本三大歌謡祭」と紹介している。 2部制となった()以降、総合テレビにおける1・2部の間に放送される『』において、ニュースを担当するNHKアナウンサーはモニターを通じて第1部(エンディング)を視聴しており、ニュースの冒頭でそれに合わせた表情をすることがある。 第1部のエンディングで紅白出演者がニュース担当アナウンサーへの振りコメントを述べたこともあるほか、ニュースの締めではこの後に第2部が放送される旨の挨拶が行われることが恒例だが、(2006年)・()でニュースを担当した(白組司会経験者)が第2部につなげるコメントで締めたこともある。 この中断ニュースも高視聴率を記録することが多い。 紅白歌合戦の舞台が収められている作品 CD音源• 『』(2003年2月19日) - 1曲収録。 映画作品• (映画) - ()の大トリ、八代亜紀『舟唄』の歌唱シーンが使用されている。 DVD作品• 『NHK紅白歌合戦20年の歩み』(1985年2月21日) - 20曲収録。 vs 『二人だけの紅白歌合戦!! 』(2002年12月5日)- 25曲収録。 『』(2006年6月14日) - 8曲収録。 『』(2013年6月5日) - 2曲収録。 『プレミアムBOX ルーカス〜NHK紅白歌合戦&レッツゴーヤング etc. 』(2015年9月30日) - 8曲収録。 『歌魂 北島三郎〜NHK紅白歌合戦の軌跡〜』(2017年6月28日) - 曲目の重複なしで28曲(33回分)収録。 『プレミアムコレクション〜NHK紅白歌合戦&レッツゴーヤング etc. 』(2017年8月30日) - 6曲収録。 『HIDEKI NHK Collection〜若さと情熱と感激と〜』(2017年11月15日)- 16曲収録。 『歌手デビュー55周年記念ベスト&NHK貴重映像DVD〜寒い朝〜』(2018年2月28日)- 音源2曲、映像3曲収録。 『島倉千代子 メモリアルコレクション~NHK紅白歌合戦&思い出のメロディー etc. ~』(2018年11月7日) - 第8回〜第13回、第15回のラジオ音源から7曲、第14回、第16回~第46回の映像から19曲(22回分)収録。 同じコンセプトを持つ企画・パロディなど• 夏の紅白歌合戦() - スペシャル枠内で放送されていた。 (フジテレビ系列) - 1985年、1986年の2年間、NHK紅白歌合戦の真裏で放送されていた。 視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)は1985年が4. (・・など)• (系列)- 年末には視聴者投票により「あなたが選ぶ紅白歌合戦」が何度か放送された。 青白歌合戦 - が主催し、にで開催したイベント。 - が自社に関係の深い芸能人を出演させる。 では移民が多いということもあり、毎年年末に日系人市民による「日系移民紅白歌合戦」が開催されている。 NHKも開催に協力している。 脚注 [] 注釈• 以前はアナログ・デジタル2Kでもされていた。 デジタル放送はステレオ2音声。 但し、いずれもエリアフリーによる地域外配信やタイムフリーによる聞き逃し配信のサービスの利用は不可。 の影響でされた、、の3局は、()まで。 初期では歌手兼司会は認められておらず、司会を担当した歌手がその年のみ不選出となった例がある。 また、()まではグループの出場そのものが禁止だった。 過去には本人に対しては出場決定後の通知のみであった。 そのため、やなどで出場決定後に本人が辞退の意志を表明するという出来事が起きている。 ()は、を含めて3組。 実際の滞在先は当時と直行便がなかった韓国のとも言われている。 前川以外のメンバーは紅組の(前川の妻、当初は直接対戦の予定であった)のバックコーラスとして出場したものの、正式な出場者のエントリーからは外された。 初例は、()の。 例外の年もある。 通常は総合司会は自分から名乗り、両組司会は総合司会などから紹介されるのが通例だが、 2017年 以降は両組司会自身から名乗るようになった。 1980年代頃までは総合司会は名乗らず、優勝旗返還の後に初めて画面に登場していた。 ()のなど。 ()の。 総合司会ではなく両組司会が紹介するケースや1人1人の紹介そのものをしないケースもある。 以前はオープニングで行っており、舞台の上に並び紹介を受けてから客席に座ることもあった。 ()に特別出演したなど。 、、、、、など。 制作側もその可能性は織り込み済みで、1曲分余裕をとって番組を進行していた。 この演出を行うようになったのは()以降。 ()は風船が落ちてきて終了、()はBS2では終了後も「カウントダウンスペシャル」の題で放送を続行し、総合テレビも23:58から飛び乗る関係で演出無しとなった。 単発番組の予定だったが、あまりの好評により、翌年の開催が決定した。 なおこの時、紅白が長寿番組化することを予想していたスタッフはいなかったという。 ()のみ。 当時はまだテレビの音響設備が不完全であり、それに加え、コマ劇場が円形のステージであったこと、また、観客からの声援が終始凄まじかったことも手伝い、紅組トリおよび大トリを務めたを始めとして、後ろの楽団の演奏が全く聞き取れず、歌っている最中に音を思い切り外してしまうケースが多発。 歌手側や局関係者からも「コマ劇場の使いにくさ」を指摘する声が上がり、結局、コマ劇場を会場とした紅白はこの1回のみに留まってしまった。 NHK-FM『』など。 第4回はがトリを取ったとされているが、がトリを取ったという異説もあり、渡辺説を採用すれば、全回でコロムビア所属の歌手が紅組トリを務めたことになる。 同回の瞬間最高視聴率は、による「」歌唱時の85. 1961年 - に行われていたによる調査では、同じ第14回で記録した89. なお、ビデオリサーチ社以前も含めた最高視聴率では、、の中継・対戦で記録した96. 歌手席は()の第1部内の企画で復活。 選手宣誓は()のみ復活。 衣装の大きさについては、NHKホールのステージエレベーターに乗せられるものまでと制限がかけられる。 2人は紅白後に衣装を保管しており、自身のコンサートや他番組、イベント等で再度披露したりしている。 また、小林が本番の衣装披露時に衣装コンピュータの故障や電気トラブルで完全成功といかなかった事例(()、()。 この時は翌年にそれぞれ30周年記念リサイタル、『NHK歌謡コンサート』で再度衣装を披露しリベンジしている)があるほか、第55回(2004年)では同年に小林の出身地・で発生したの被災者に配慮して豪華衣装披露を自粛した。 小林の個人事務所・幸子プロモーション関係者は一部週刊誌の取材時に、小林が豪華衣装を準備した状態で紅白落選した場合について「こちらが勝手に用意したものなので文句は言えない」とコメントしていた。 は紅白の出場歌手が発表される以前から衣装を制作している小林に否定的な考えを持っており、この件がきっかけで2人の間に確執が生じた。 なお、小林は和田の意見に対し、「(紅白の衣装は)見ている人に楽しんでもらおうと思ってやっている」「(紅白に)もし出場できなかったらコンサートで着ます」「アッコちゃんは私よりも年上だけど、芸能界では私が先輩なんですから、陰でコソコソ言わないで何か意見を言いたいのならばじかにはっきりと私に言いに来たらいいのに」などと反論している。 先述の通り、BSサイマル放送は()を最後に廃止された。 ただし、許可が下りずに配信からカットされた例がある。 ()のや()のなど(いずれも特別枠)。 一例として、が該当。 第60回(2009年)は自身の故郷である長崎から、第61回(2010年)以降は自身のカウントダウンライブ会場であるからの中継出演であり、NHKホールでの歌唱は、初出場時である第44回(1993年)の1回のみである。 一例として、第67回(2016年)にがから中継出演したケースなどが該当。 一例として、(を駆使した演出など)、、(この2つのグループは、「アニメ映像とのシンクロ表現」が特徴)などが該当。 ただし、歌唱曲は「」とする説もある。 ただし、歌唱曲は「」とする説もある。 「」「」「」「」を順に披露。 「LOVEマシーン」「」「」(モーニング娘。 「」「」を順に披露。 冒頭と2曲の間に「」(NYCの3人をメンバーに含むグループであるの楽曲)の1フレーズを挟んでいた。 「」「」「」を順に披露。 「」「」「」など計5曲披露。 「」「」を順に披露。 ただし、歌唱曲は「桑港のチャイナ街」とする説もある。 ただし先述の通り、渡辺はま子が紅組トリを取ったとする説もあり、合田道人の著書では、渡辺を紅組トリとする説が採用されている。 なお、同回での渡辺の歌唱曲は「」。 当初予定は「夫婦坂」のみ。 歌唱後にアンコールとして白組司会の鈴木健二が交渉し「好きになった人」を演奏。 大トリの後、審査結果を待つ間にSMAPとのメインボーカルの下、出演者(出場歌手、司会者、ゲスト審査員、合唱団)で「世界に一つだけの花」の大合唱が行われた。 「」「」を順に披露。 「」「Triangle」を順に披露。 「」「」を順に披露。 「」「」を順に披露。 「」「」を順に披露。 「」「」「」を順に披露。 サザンは特別出演であり紅白の正規出場者とは別の扱いとなるが、メディアによっては嵐を白組トリとしてサザンを「究極の大トリ」として扱うものも存在する。 「」「Happiness」を順に披露。 「アイノカタチ」「」「」を順に披露。 「A・RA・SHI」「」を順に披露。 年間視聴率1位の座は()がNHK総合の『』の戦中継に抜かれるまで、全て紅白であった。 1998年1月12日付オリコンシングルランキングで、12月25日発売のマキシシングル盤が1位、オリジナルの8cm盤が36位を記録した。 後に、NHKホール内の1階席の後ろの壁に電光掲示板を設置し、ここに台本を映し出す。 にの病状が悪化し、日本全国で華美な放送やCMを控える自粛ムードが高まっており、同年の紅白()は中止が懸念されていたが、遠藤利男(当時のNHK放送総局長)がの会見で「(今年の紅白を)実施したい」と発言。 発言通りに開催された。 また、が発生した1995年()とが発生した2011年()についても当初は中止も検討されていたが、視聴者からの開催希望が殺到し、開催となった。 多くの出場者は本番組の後に系列で放送される『』にも出演している。 一方()では、民放版『』のメインパーソナリティーに決まっていたが、前後時間帯の民放生番組に出演することを理由に落選したという事例がある。 ()での、、()でのなど。 ()での。 ()での。 ORICON NEWS 2017年9月20日• ,AV Watch,2018年3月22日• ,株式会社radiko,2018年3月22日• NHK広報局 2019年3月22日• radiko 2019年3月22日• ,,2012年12月31日• ,スポーツニッポン,2008年11月25日• ,ITmedia,2012年10月20日• オリコン. 2015年1月11日. 2016年1月15日閲覧。 ,ORICON STYLE,2015年11月26日• 『』1987年11月11日付朝刊、26頁。 『朝日新聞』1987年12月6日付朝刊、6頁。 デイリースポーツオンライン デイリースポーツ社. 2009年11月24日. の2009年11月25日時点におけるアーカイブ。 2009年11月24日閲覧。 スポニチ Sponichi Annex スポーツニッポン新聞社. 2010年1月1日. 2013年9月16日閲覧。 日刊スポーツ. 2009年11月23日. 2009年11月24日閲覧。 『読売新聞』1973年11月22日付朝刊、22頁。 『紅白歌合戦の舞台裏』 、2012年。 (2011年12月10日)• ,,2014年12月20日• 『サンケイスポーツ』2007年12月30日付• ,,2008年12月29日• ,newslounge,2015年12月30日• ,スポーツニッポン,2010年11月23日• - 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(「紅白ウラトーク」等の関連番組を生配信する)•

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【遂に決定!】2020年NHK紅白歌合戦司会は櫻井翔&綾瀬はるか!総合司会に内村光良|Travel Diary

紅白 司会 2019

《前半 午後7時15分〜》 1. 【紅】Foorin 「パプリカ-紅白スペシャルバージョン-」 2. 【紅】aiko 「花火」 4. 【白】GENERATIONS 「EXPerience Greatness」 5. 【紅】日向坂46 「キュン」 6. 【白】純烈 「純烈のハッピーバースデー」 7. ジャニーズJr. 【白】Hey! Say! JUMP「上を向いて歩こう ~令和スペシャルバージョン~」 9. 【紅】島津亜矢 「糸」 10. おしりたんてい 「ププッとフムッとかいけつダンス」 12. 【白】Kis-My-Ft2 「Everybody Go」 13. 【紅】天童よしみ 「大阪恋時雨」 14. 【紅】AKB48 「恋するフォーチュンクッキー~紅白世界選抜SP~」 15. 【白】山内惠介 「唇スカーレット」 16. 【白】三浦大知 「Blizzard」 17. 【紅】LiSA 「紅蓮華」 18. 【紅】坂本冬美 「祝い酒 ~祝!令和バージョン~」 19. 【白】King Gnu 「白日」 20. 【紅】丘みどり 「紙の鶴」 21. 【白】福山雅治 「デビュー30周年直前SPメドレー」 22. 【白】五木ひろし 「VIVA・LA・VIDA!~生きてるっていいね!~」 《後半》 24. 【紅】Little Glee Monster 「ECHO」 25. 【白】DA PUMP 「DA PUMP ~ONE TEAMメドレー~」 26. 【白】Official髭男dism 「Pretender」 27. 【紅】欅坂46 「不協和音」 28. 【紅】水森かおり 「高遠 さくら路 ~イリュージョンスペシャル~」 29. 【白】三山ひろし 「望郷山河 ~第3回 けん玉世界記録への道~」 31. 「夢を歌おう」特別企画 YOSHIKI feat. KISS 「Rock And Roll All Nite -YOSHIKISS version. -」 32. 【紅】椎名林檎 「人生は夢だらけ~お願いガッテン篇~」 33. AI美空ひばり 「あれから」 34. 【紅】乃木坂46 「シンクロニシティ」 36. 【白】星野源 「Same Thing」 37. 【紅】Perfume 「FUSION - 紅白Ver. -」 38. 「夢を歌おう」特別企画 ビートたけし 「浅草キッド」 39. 【紅】石川さゆり 「津軽海峡・冬景色」 40. 【白】RADWIMPS 「天気の子 紅白スペシャル」 41. 【紅】Superfly 「フレア」 42. 【白】菅田将暉 「まちがいさがし」 43. 【紅】いきものがかり 「風が吹いている」 45. 【白】ゆず 「紅白SPメドレー 2019-2020」 46. NHK2020ソング 嵐 「カイト」 47. 「夢を歌おう」特別企画 松任谷由実 「ノーサイド」 48. 【白】氷川きよし 「紅白限界突破スペシャルメドレー」 49. 【紅】松田聖子 「Seiko Best Single Medley」 50. 【紅】MISIA 「アイノカタチメドレー」 51. 前半では、SixTONES、Snow Man率いるジャニーズJr. 「夢を歌おう」と題した特別企画では、2019年にヒットしたディズニー映画の名曲が披露される。 また、五木ひろしさんの「VIVA・LA・VIDA!~生きてるっていいね!」では、NHKの人気番組「みんなで筋肉体操」に出演する武田真治さんが出演。 後半では、X JAPAN・YOSHIKIさんとロックバンドKISSのコラボレーション企画や、ビートたけしさんによる「浅草キッド」のパフォーマンスや没後30年を迎えた昭和の歌姫・美空ひばりさんをAIで再現した「AI美空ひばり」のステージなどが見どころだ。 けん玉のギネス世界記録に挑戦する三山ひろしさんのステージでは、漫才ナンバーワンを決める『M-1グランプリ』で圧巻のネタを披露し、劇的な優勝を果たしたミルクボーイも登場するという。 また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを記念して作曲された「カイト」を、嵐が初歌唱する。 作詞・作曲は、2018年の紅白歌合戦でも大反響を呼んだ米津玄師さんが手がけた。 終盤には、20回目の紅白出演を果たす氷川きよしさんに注目だ。 孫悟空役の声優・野沢雅子さんも応援に駆けつけるという。 リハーサルでは、「今回、すごいことになる。 紅組でもあり、白組でもある。 皆さんが期待してるようなステージになります」と。 紅組のトリはMISIAさん、大トリは嵐が務める。

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第70回NHK紅白歌合戦

紅白 司会 2019

Contents• 2年連続で紅白2019も司会が櫻井翔に対する世間の反応 平成最後の紅白白組の司会は櫻井翔。 令和初の紅白白組の司会も櫻井翔。 すごいなぁ。 大野クンと松潤は? — じゅんこ juncocoa51 紅白司会、大野くんは余裕で出来るけど、話が来ても断ると思う。 ここで松潤がやってしまったら嵐の中で大野くんだけが司会をやらないことになり、また世間から変な勘繰りをされてしまうから、翔くんが2回連続で務めて2020年は嵐全員でおさめるんじゃ…? グループとして考えた結果の判断だろうね — さんぽ sanpodog 紅白の司会、松潤か大野くんと予想してたのにハズレたー。 なぜ2年連続で翔くん??🤔安定の司会だからいいんだけども理由知りたい。 大穴で村上だったけどやはり違ったか 笑 来年に期待🤣 — たるる Buu0gRb3OBYn7o1 近年は相葉雅紀や二宮和也、櫻井翔と嵐のメンバーで単独司会が続いていました。 2020年嵐解散までのに、残りの二人がするのでは?と予測していたファンが多いようですね。 紅白の司会は嵐のメンバーが順番にやるのでは? 嵐ファンの間では、嵐のメンバーが順番に司会をするのでは?と思っていた人が多くいることが分かりましたね。 2010年~2014年まで、5年連続で嵐として司会を務めています。 その後、2016年相葉雅紀、2017年二宮和也、2018年櫻井翔とまるで嵐メンバーのリレーが続いていました。 2020年をもってグループの活動休止を発表したのが2019年1月27日。 2019年、2020年と活動休止まで残り2回紅白出場機会があります。 そのため残り2年で、松本潤と大野智がやるのでは?との見方がますます強くなりました。 ファンの間では今年は松本潤と予測していた方も多かったため、櫻井翔が選ばれたことにびっくりされた方も多かったようですね。 ではなぜ櫻井翔が2年連続で今年も選ばれたのでしょうか? 櫻井翔が務めた代表的な司会• 『NEWS ZERO』月曜キャスター(2006年~)• 日本テレビ系ではオリンピック6大会連続でキャスター『2008北京オリンピック』、『2010バンクーバーオリンピック』、『ロンドンオリンピック2012』、『2014ソチオリンピック』、『2016リオデジャネイロオリンピック』、『2018平昌オリンピック』• 音楽番組『THE MUSIC DAY』や『ベストアーティスト』 ニュース番組意外にも音楽番組の司会経験も長年務めているため、経験値はかなり高いです。 安心・安定感には期待できそうですね。 かつて五輪特番でさんまが室伏の違反の話題と知らず、選手が口を滑らせた「選挙」の言葉に食いついてしまった時も、強引に話題を変えていたっけ…。 引用:Twitter ヒップホップの文化について。 翔くんは教え方が上手いから分かり易く説明してくれる。 声も表情も優しいから素直に聞き入っちゃう。 『御本人じゃないのであくまでも推測と話として…』控えめな姿勢も尊敬。 昨年の紅白司会が良かったため 2年連続で選ばれているため、NHKからの昨年の評価が良かったことに間違いはないはず。 2年連続で、櫻井翔さんにお願いしました。 ご承知のようにさまざまな番組で、司会やキャスターとしての実力を発揮されています。 昨年の紅白でも、白組だけでなく紅白全体をリードしていただき、心から感謝しています。 令和初の紅白を盛り上げていただくために、今年も櫻井さんの素晴らしい進行力に大きな期待を寄せています。 引用:NHK公式HP また視聴者からも、『落ち着いている』など一定の評価がありました。 安心、安定の櫻井翔くんでした! — 翔ちゃん大好きなおちゃん FromNaoko 意外と面白かったよ、紅白。 櫻井翔さんの落ち着いた司会はもちろん、広瀬すずさん、時間内にうまく言葉が収まらなかったらすっと引いていて上手いなと。 あとは、なんといっても内村さん。 あの語り口調かな?なんかいいよね。 見ちゃうよね。 5%と大台を突破しました。 櫻井翔の司会が良かった点も加味すると、NHKサイドとしては安定した司会で今年も高視聴率を狙いたい気持ちもあるのでしょうか。 2020年は嵐5人で司会をするため? ここからはあくまで個人的推測になりますが活動停止前、最後はやはり 5人揃った姿を見たい!と思うファンも多いはず。 そのため今年松本潤を起用してしまうと、大野智はやらないの?となってしまいますよね。 それであれば、司会経験の多い櫻井翔に今年もお願いしたいと考えての起用だったのではないでしょうか? 翔ちゃん2年連続紅白司会おめでとう🎉来年は嵐5人の司会が見たいな — 櫻大宮 雅潤 arssatoshi2.

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